年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
父が退席して部屋にふたりきりになると、幸景さんは穏やかに微笑んでいた顔をさらに屈託なく綻ばせ、少しだけ前のめりになって口を開いた。
「緊張してます?」
「えっ、……は、はい」
思わず素直に答えてしまうと、幸景さんはクスッと笑ってから「僕もです」と言った。
「父にお見合いの相手が学生さんだと聞いて驚きました。十二歳も年上の男とお見合いなんて窮屈ですよね、申し訳ない。けどせっかく来てくれたことですし、リラックスしてください。ここの料理は美味しいし、庭園も立派ですから。僕のことは気にせず楽しんでください」
きっと、これが大人の余裕というものなのだと思う。
それまで私は男性とほとんど縁のない生活をしていて、知っている男性と言えば高圧的な父、堅物の教師や教授、あとは出かけたときに声をかけてくるチャラいナンパくらいだったから、幸景さんのような紳士的な大人の男性はとても新鮮だった。
「ありがとうございます」
えへへ、とはにかんで私は肩を竦めた。ずっと緊張で強張っていた顔が、ようやく素の表情を取り戻せた気がする。
「あの、じゃあ……お庭を少し散歩してもいいですか」
後から考えれば『リラックスしてください』というのは社交辞令だったのかもしれないけれど、私は素直に幸景さんの厚意に甘えた。カチカチに緊張していた体を、ちょっとほぐしたかったのだ。このままではきっと料理が来ても喉を通らない。
そんなこちらの要求を、幸景さんは「もちろん、いいですよ」と快く頷いてくれた。
この料亭の中庭は秋が特に美しいらしく、中央に携えた大きな銀杏の木の他に、赤く紅葉した植物が御影石の散歩道をあでやかに染め上げていた。
そのあまりの鮮やかさに感動した私は、隣に立つ幸景さんを見上げ意気揚々と言う。
「モミジが綺麗ですね」
すると幸景さんはニコニコとした表情を変えないまま、「そうですね、でもこれはカエデかな」と答えた。
「えっ……」
「よく似ていますからね。どちらも同じカエデ科カエデ属だし。ちなみにこれはアサノハカエデ」
そういえば遠い昔に中学校でそんなことを習ったような気がする。
思わぬ失態に顔を赤くした私は「えっと、あの」と動揺したあげく、「こ、これはナナカマド……」と近くにあった木を指さした。
「これはニシキギ。ちなみにあっちのは灯台ツツジ」
さらりと訂正されますます顔を赤くした私を見て、幸景さんがフフッと噴き出す。
「木はよくわからないです……」
無知を恥じてモジモジと俯いた私に、幸景さんはクスクスと笑いながらも慰めるようにポンと軽く肩を叩いた。
「素直ですね。けど、恥じることはありませんよ。教養は幾つになっても身につけられるものです。璃音さんはまだお若い。学ぼうという姿勢さえ失わなければ、いつでも身につきますよ」
二十センチ近く身長差がありそうな幸景さんの顔を見上げ、私の胸が生まれて初めて知るときめきに疼いた。幸景さんの柔らかな髪が、秋の爽やかな風に揺れている。
――これから長い人生で少しずついろんなことを知って成長していく姿を、この人に見守ってもらえたらきっと幸せだろうな――そんな不思議な思いが胸に湧いた。
「べ、勉強します。色々なこと。もう学校は卒業しちゃうけど……でも、大人になっても学ぶ心を忘れないようにします」
言いながら、私は今さら理解した気がした。祖母や母が教えてくれたことの意味を。
着物を正しく着られるようになるのも、お茶をたてて大切な人をもてなせるようになるのも、綺麗な歩き方や座り方、食事の仕方も。頭を良くするためではなく、すべては人生を豊かにするための勉強だったんだ。
そしてきっと、幸景さんが教えてくれささやかな秋の知識も。
「緊張してます?」
「えっ、……は、はい」
思わず素直に答えてしまうと、幸景さんはクスッと笑ってから「僕もです」と言った。
「父にお見合いの相手が学生さんだと聞いて驚きました。十二歳も年上の男とお見合いなんて窮屈ですよね、申し訳ない。けどせっかく来てくれたことですし、リラックスしてください。ここの料理は美味しいし、庭園も立派ですから。僕のことは気にせず楽しんでください」
きっと、これが大人の余裕というものなのだと思う。
それまで私は男性とほとんど縁のない生活をしていて、知っている男性と言えば高圧的な父、堅物の教師や教授、あとは出かけたときに声をかけてくるチャラいナンパくらいだったから、幸景さんのような紳士的な大人の男性はとても新鮮だった。
「ありがとうございます」
えへへ、とはにかんで私は肩を竦めた。ずっと緊張で強張っていた顔が、ようやく素の表情を取り戻せた気がする。
「あの、じゃあ……お庭を少し散歩してもいいですか」
後から考えれば『リラックスしてください』というのは社交辞令だったのかもしれないけれど、私は素直に幸景さんの厚意に甘えた。カチカチに緊張していた体を、ちょっとほぐしたかったのだ。このままではきっと料理が来ても喉を通らない。
そんなこちらの要求を、幸景さんは「もちろん、いいですよ」と快く頷いてくれた。
この料亭の中庭は秋が特に美しいらしく、中央に携えた大きな銀杏の木の他に、赤く紅葉した植物が御影石の散歩道をあでやかに染め上げていた。
そのあまりの鮮やかさに感動した私は、隣に立つ幸景さんを見上げ意気揚々と言う。
「モミジが綺麗ですね」
すると幸景さんはニコニコとした表情を変えないまま、「そうですね、でもこれはカエデかな」と答えた。
「えっ……」
「よく似ていますからね。どちらも同じカエデ科カエデ属だし。ちなみにこれはアサノハカエデ」
そういえば遠い昔に中学校でそんなことを習ったような気がする。
思わぬ失態に顔を赤くした私は「えっと、あの」と動揺したあげく、「こ、これはナナカマド……」と近くにあった木を指さした。
「これはニシキギ。ちなみにあっちのは灯台ツツジ」
さらりと訂正されますます顔を赤くした私を見て、幸景さんがフフッと噴き出す。
「木はよくわからないです……」
無知を恥じてモジモジと俯いた私に、幸景さんはクスクスと笑いながらも慰めるようにポンと軽く肩を叩いた。
「素直ですね。けど、恥じることはありませんよ。教養は幾つになっても身につけられるものです。璃音さんはまだお若い。学ぼうという姿勢さえ失わなければ、いつでも身につきますよ」
二十センチ近く身長差がありそうな幸景さんの顔を見上げ、私の胸が生まれて初めて知るときめきに疼いた。幸景さんの柔らかな髪が、秋の爽やかな風に揺れている。
――これから長い人生で少しずついろんなことを知って成長していく姿を、この人に見守ってもらえたらきっと幸せだろうな――そんな不思議な思いが胸に湧いた。
「べ、勉強します。色々なこと。もう学校は卒業しちゃうけど……でも、大人になっても学ぶ心を忘れないようにします」
言いながら、私は今さら理解した気がした。祖母や母が教えてくれたことの意味を。
着物を正しく着られるようになるのも、お茶をたてて大切な人をもてなせるようになるのも、綺麗な歩き方や座り方、食事の仕方も。頭を良くするためではなく、すべては人生を豊かにするための勉強だったんだ。
そしてきっと、幸景さんが教えてくれささやかな秋の知識も。