年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
「言えばよかった。私ももっと早く、自分の素直な気持ちぜーんぶ言えばよかった。ずっと悩んでいたんです。私が未熟だから幸景さんは家事を任せてくれないんだって。だから私、もっと頼もしい妻になろうと思って……それで、二ヶ月前から講習やセミナーに通いまくってたんです。ハイヤーやボディーガードを途中で置いて出かけたのはそのためです。ひとりでもがいてるみたいでみっともなくて、幸景さんに知られたくなかったから。でも笑っちゃうくらい全然うまくいかなかった! 家事も社交術もみんな実家で母と祖母が教えてくれたのと同じことだったし、茶話会に行っても楽しくなかったし。本当もう……馬鹿みたい」
最後は自嘲気味に眉をひそめて笑えば、幸景さんは切なげな眼差しを私に向けた。
「きみにいらぬ悩みを抱かせてしまったことを申し訳なく思うよ、ごめん。けれど璃音。僕はきみのそんなところが――とても好きだ」
ふいに告げられた思いの丈に、心臓がドキリと跳ねた。まっすぐに見つめてくる彼の視線が、私を心地よいときめきに酔わせる。
「きみと初めて出会った日のことを、僕はよく覚えているよ。最初はとても所作の綺麗なお嬢さんだと思った。姿勢も仕草も美しくて、一緒にいて心地いい女性だと。そのうえきみはとても純真な心も持っていて、そんなところが可愛くて仕方ないと思ったよ。……けど、僕がきみを妻にしたいと思うほどに惹かれたのは、素直な向上心だ。自分の知らなかったことを素直に受け入れもっと学ぼうとするその姿に、僕は恋をしたんだ」
「向上心……ですか?」
「そう。それがきみの魅力の源だと思っている。所作が凛としているのも、いきなりパーティーに連れていっても造作もなく振舞える社交術が身についているのも、きみの努力と向上心が養わせた賜物だ。家事の基礎が身についていると褒められたのもそうじゃないのかな」
幸景さんが、私の魅力を語ってくれるのが嬉しかった。
若さに目が眩んだのでも、頼りなさに庇護欲を掻きたてられたわけでもなく、彼は私をひとりの人間として見てくれていた。
今までの人生で積み重ねてきたものや、自分でも気づかなかった心の在り方まで、全部。
「向上心は人を必ず成長させる。それは知識を蓄えさせ教養を身につけさせ、年を取るごとに深みを増す人間を作り出してくれる。僕はね、あの日モミジとカエデを見分けられるようになると誓ってくれた璃音を、一生一番近くで見つめ続けたいと思ったんだよ」
そう語って目を細めた幸景さんの顔は、私が知る中で一番幸福に輝いていた。
今まで心の奥底で燻り続けていた自信のなさが、残らず浄化されていくのを感じた。
自然と背筋が伸びる。こんなに清々しくて、胸を張りたい気持ちは初めてだ。
私は――百千田璃音として生まれてよかった。紫野幸景の妻として人生を歩めることを、誇りに思う。
「ありがとう、璃音。僕のために成長しようという気持ちを持ってくれて」
幸景さんがそう言ってくれたことで、虚しく思っていたセミナー通いの日々も救われた気がした。あの時間は無駄じゃなかった、彼のために成長しようと思う心を育ててくれたんだと思えた。
「私の方こそ……ありがとうございます。私、今この瞬間が生まれてきて一番嬉しいかもしれません。それくらい幸景さんのことが好きです。私を人生ごと愛してくれた幸景さんを、私も負けないくらい愛しています。ありがとう、幸景さん。私を妻にしてくれて」
嬉しくて嬉しくて、頬を染めた私を幸景さんが愛おしそうに見つめる。
ふたりが囲むテーブルの上には、温かい料理。それはきっと明日からはもっとぬくもり溢れるものに変わり、私たちをもっと幸せにするだろう。
私たちはまだ、夫婦として始まったばかりだ。これから何十年も共に寄り添う人生の、ほんの幕開け。
自分の至らなさに失望したことも、悩んで泣いたことも、お互いの心を打ち明け合ったこの夜も、きっといつか微笑ましい思い出になるに違いない。
そして共に年を取りお爺さんお婆さんになったとき、お互いの人生を丸ごと愛せるように夫婦になりたいと思う。
そんな輝かしい未来のために、私は今日も明日も明後日も頑張ろうと誓う。紫野幸景の妻として、自分のペースでコツコツと。
「あ、幸景さん。今度のお休みに植物園に行きませんか? 見せたいものがあるの」
ふと思い立って、彼を植物園に誘った。
幸景さんに教えてあげたいと思う。モミジとカエデの区別がついたことを。
あの秋の日からささやかな成長をした私を、彼に見て欲しい。
幸景さんは「もちろんいいよ」と頷いたあと「なんだろう、見せたいものって」と楽しそうに微笑んだ。
そんな彼に私は小首を傾げて、「当日のお楽しみ」と満面の笑みで応えた。
最後は自嘲気味に眉をひそめて笑えば、幸景さんは切なげな眼差しを私に向けた。
「きみにいらぬ悩みを抱かせてしまったことを申し訳なく思うよ、ごめん。けれど璃音。僕はきみのそんなところが――とても好きだ」
ふいに告げられた思いの丈に、心臓がドキリと跳ねた。まっすぐに見つめてくる彼の視線が、私を心地よいときめきに酔わせる。
「きみと初めて出会った日のことを、僕はよく覚えているよ。最初はとても所作の綺麗なお嬢さんだと思った。姿勢も仕草も美しくて、一緒にいて心地いい女性だと。そのうえきみはとても純真な心も持っていて、そんなところが可愛くて仕方ないと思ったよ。……けど、僕がきみを妻にしたいと思うほどに惹かれたのは、素直な向上心だ。自分の知らなかったことを素直に受け入れもっと学ぼうとするその姿に、僕は恋をしたんだ」
「向上心……ですか?」
「そう。それがきみの魅力の源だと思っている。所作が凛としているのも、いきなりパーティーに連れていっても造作もなく振舞える社交術が身についているのも、きみの努力と向上心が養わせた賜物だ。家事の基礎が身についていると褒められたのもそうじゃないのかな」
幸景さんが、私の魅力を語ってくれるのが嬉しかった。
若さに目が眩んだのでも、頼りなさに庇護欲を掻きたてられたわけでもなく、彼は私をひとりの人間として見てくれていた。
今までの人生で積み重ねてきたものや、自分でも気づかなかった心の在り方まで、全部。
「向上心は人を必ず成長させる。それは知識を蓄えさせ教養を身につけさせ、年を取るごとに深みを増す人間を作り出してくれる。僕はね、あの日モミジとカエデを見分けられるようになると誓ってくれた璃音を、一生一番近くで見つめ続けたいと思ったんだよ」
そう語って目を細めた幸景さんの顔は、私が知る中で一番幸福に輝いていた。
今まで心の奥底で燻り続けていた自信のなさが、残らず浄化されていくのを感じた。
自然と背筋が伸びる。こんなに清々しくて、胸を張りたい気持ちは初めてだ。
私は――百千田璃音として生まれてよかった。紫野幸景の妻として人生を歩めることを、誇りに思う。
「ありがとう、璃音。僕のために成長しようという気持ちを持ってくれて」
幸景さんがそう言ってくれたことで、虚しく思っていたセミナー通いの日々も救われた気がした。あの時間は無駄じゃなかった、彼のために成長しようと思う心を育ててくれたんだと思えた。
「私の方こそ……ありがとうございます。私、今この瞬間が生まれてきて一番嬉しいかもしれません。それくらい幸景さんのことが好きです。私を人生ごと愛してくれた幸景さんを、私も負けないくらい愛しています。ありがとう、幸景さん。私を妻にしてくれて」
嬉しくて嬉しくて、頬を染めた私を幸景さんが愛おしそうに見つめる。
ふたりが囲むテーブルの上には、温かい料理。それはきっと明日からはもっとぬくもり溢れるものに変わり、私たちをもっと幸せにするだろう。
私たちはまだ、夫婦として始まったばかりだ。これから何十年も共に寄り添う人生の、ほんの幕開け。
自分の至らなさに失望したことも、悩んで泣いたことも、お互いの心を打ち明け合ったこの夜も、きっといつか微笑ましい思い出になるに違いない。
そして共に年を取りお爺さんお婆さんになったとき、お互いの人生を丸ごと愛せるように夫婦になりたいと思う。
そんな輝かしい未来のために、私は今日も明日も明後日も頑張ろうと誓う。紫野幸景の妻として、自分のペースでコツコツと。
「あ、幸景さん。今度のお休みに植物園に行きませんか? 見せたいものがあるの」
ふと思い立って、彼を植物園に誘った。
幸景さんに教えてあげたいと思う。モミジとカエデの区別がついたことを。
あの秋の日からささやかな成長をした私を、彼に見て欲しい。
幸景さんは「もちろんいいよ」と頷いたあと「なんだろう、見せたいものって」と楽しそうに微笑んだ。
そんな彼に私は小首を傾げて、「当日のお楽しみ」と満面の笑みで応えた。