年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
PM1時半。
長引いた常勤役員会が終わり、社長室でひとり昼食をとる。
以前は常勤役員会のときは全員仕出し弁当などを注文して昼食をとりながら行っていたが、やめた。経営戦略を論じながら食べる飯など消化に悪い、という僕のひと言で。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
第一秘書の富田が盆に載せたほうじ茶を持ってきた。ペットボトルではなく、きちんと急須と湯のみで持ってくるあたり、彼は僕のことがよくわかっていると思う。
デスクに湯気の立つ湯呑を置きながら僕の弁当を見た富田が、「今日も奥様のお手製ですか。おいしそうですね」と目を細めた。
社交辞令とはわかっていても、こちらも口角が上がりそうになってしまう。弁当箱に鎮座するマッシュポテトでできたひよこと、さくら田附で描かれたうさぎも嬉しそうだ。
「おかしいだろう、この私が昼食の時間を心待ちにしているなんて」
綻ぶ顔を隠しきれず、自虐気味に富田にそう話しかけた。
もう十年以上の付き合いになる彼は、忌憚なく「おかしくはありませんが、微笑ましいです」と答えた。
「そんなふうに何かをおいしそうに召し上がる社長のお姿は、初めてですから。食事は体と心の栄養だと社長に知っていただけて、奥様には感謝したい気持ちです」
富田の言葉に、フッと苦笑を浮かべる。彼の言う通りだ。
僕にとって食事とは命を保つためにエネルギーを摂取する手段に他ならなかった。もしくは、ビジネス相手と良い関係を築くために〝どれだけ金と気を使ったか〟を表現する手段か。
会食以外では最低限の栄養を機械的に摂るだけだった僕に、富田はよく「もっと楽しまれる食事をしてください」と苦言を呈していた。
けど、それも先週までの話だ。
璃音が弁当を持たせてくれるようになってから、僕は必ず最低三十分はひとりで昼食を堪能する時間を持つようにしている。
表向きは『食事のときくらい心も休めるべきだ』ということになっているが、周囲がどれほど愛妻弁当のことを把握しているかは知らない。
けれど僕のその発言は社内に影響を及ぼしたらしく、社員の間でも昼食会議はなくなり、昼休みはしっかり取ることが推進されるようになったと聞いた。
「ご結婚されてから社長は大変穏やかになられたと評判ですよ。本当に、一社員として奥様には感謝しきれませんね」
盆を持ったままなかなか社長室から出ていかない富田の言葉に、なんとも複雑な気持ちを抱く。
「……自覚はなかったんだが、社長たるものが威厳を失うのは問題だな。気を引きしめるか」
「引きしめなくて結構です。今までが威厳がありすぎたのですから。この機会に鬼社長とか血も涙もない社長とかの汚名を返上しましょう」
薄々気づいてはいたが、とんでもないあだ名をつけられていたもんだと改めて知る。
まあ、今までの自分を思えば仕方ない。社員にはしのやに相応しい能力を厳しく求め、商売敵は躊躇なく潰し、時に非情に徹することで業績を伸ばしてきたのだから。