年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
幸景さんは一瞬驚いたように表情を真剣なものに変えたけれど、すぐに目もとを和らげ、手を差し出した。

「緊張も解けてお腹が空いたでしょう。そろそろ戻りましょうか」
「あっ、はい」

思わず差し出された手を取ってしまったけれど、どうしていいのかわからず眉尻を下げて彼の顔を見つめる。幸景さんはそんな私の顔色を察して、「僕にエスコートさせてください。お足もと、気をつけて」と声をかけてくれた。

そういうことかと理解して、私は「ありがとうございます」と微笑んだ。……さっき小さく躓いたのを見られていたのかもしれない。

生まれて初めてしてもらったエスコートは、なんだか私を一人前の女性にしてもらったみたいで。軽く触れているだけの幸景さんの大きな手が、すごく温かく頼もしく感じた。


それから私と幸景さんは部屋に戻り、会話を楽しみながら食事をした。
会話といっても自己紹介の延長のようなもので、弾むという程でもなかったのだけれど。それでも私は彼の唇が紡ぎだすゆったりとした喋り方や、見ていて気持ちのいい食事の所作や人を安心させる微笑みを見ているだけで幸せな気分になったし、お見合いが終わる頃には誤魔化しようのない寂しさを胸に抱いていた。

「今日はとても楽しい時間を過ごせました。今後のことは、百千田さんを――璃音さんのお父様を通じて連絡いたします」

それが、最後に幸景さんがくれた言葉だった。
もし彼がしのやグループの御曹司じゃなかったら、年の差が十二歳もなかったら、私は勇気を出して「また会ってください」と言えたかもしれない。

けれど、私たちはあまりに住む世界が違いすぎる。何万人という従業員を従える大企業の社長の妻が、世間知らずな私に務まらないことくらいは自分でも理解している。

「今日はありがとうございました。――モミジとカエデ、見分けられるようになります」

最後にそう言って微笑み幸景さんに背を向けて、私の初恋は終わったと思った。
きっともう彼と会うことはないだろう。これは形だけのお見合い、紫野家が本気で私を娶る気なんてないのだろうから。

帰りのタクシーの中で、痛む胸をそっと着物の上から押さえた。
叶う前に散った恋の痛みは想像していたものよりずっと根深く、いつまでも疼くように私の胸の奥に残った。


――幸景さんには何度も驚かされる。
一度目はお見合いを申し込まれ、しのやグループの御曹司だと知ったとき。二度目は初めて会って、想像していた印象と全く違ったとき。
そして三度目は……もう二度と会うことはないと思っていたのに、「結婚を前提に交際していただきたい」と、お見合いの翌日に連絡がきたと聞いたとき。
 
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