年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
「璃音の寝顔が可愛いから、ついもっと寝かせてあげたくなってしまうんだよ」
コーヒーカップを傾けてニコニコとしながら、向かいの席の幸景さんが言う。
ダイニングの窓から差し込む朝日に照らされた彼の顔は、今日も柔和で端正で綺麗。
「そんなに甘やかさないでください。私だって大人なんですよ」
結婚初日から続いているこの悪習。幸景さんとしては妻を大事にしているつもりなのだろうけれど、寝坊して朝食を作れなかったという罪悪感は私に日々駄目妻の烙印を押していく。
けれど怒ってみせる私に幸景さんは嬉しそうに微笑むと、「それに」と少し甘さを帯びた声で付け足した。
「ゆうべは疲れさせてしまったから、早起きさせるのは申し訳ないと思ってね。だからこれは、僕のお詫びの気持ち」
その言葉に、心拍数が一気に跳ね上がった。昨夜のことを思い出し、頬がカァっと熱くなっていく。妖しく目を細める彼の顔が、直視できない。
ティーカップを持ったまま固まってしまった私の前に、幸景さんが琥珀色のガラス瓶を差し出した。
「紅茶に蜂蜜を入れるといいよ。ゆうべ鳴かせすぎたせいで、声が少し枯れてる」
「もう……っ、幸景さんの意地悪!」
耐えきれなくなって、両手で顔を覆い俯いてしまう。
幸景さんは優しいけれど、時々私をからかうのが悪い癖だ。
恥ずかしくて動けなくなった私に、幸景さんは向かいの席から「可愛いね、璃音は」と楽しそうに声をかけた。
朝九時。
幸景さんが仕事に行ってしまうと、当然家には私ひとりになる。
ふたりの新居は、マンションの最上階のフロアを全て貸し切りにした広ーい住居。ふたり暮らしなのに部屋の数はリビング含め八個、キッチンとバスは二個ずつ、トイレは三個もある。
本当は幸景さんは文京区にとんでもない大きさの実家があって、いずれ土地屋敷とも受け継ぐのだからそこに住むべきなのだけど、『新婚のうちから義親と同居じゃ息が詰まるだろう?』と私を気遣ってわざわざマンションを買ってふたり暮らしをしてくれているのだ。
マンションにはコンシェルジュカウンターはもちろん、ランドリーカウンターや共有のシアタースペースやスカイラウンジ、カフェなどの施設も充実している。
けれどなんといってもこのマンションの最大の特徴はセキュリティが厳重なことだ。
防犯カメラの台数が多いのはもちろん、二十四時間コンシェルジュ駐在、来客のオンラインセキュリティチェック、エレベーターはセキュリティカード認証で稼働、ダストステーションも各階に設置されている。
新居を決めるときに幸景さんは何よりもセキュリティを重視した。『僕が仕事に行っている間、璃音に何かあったら大変だからね』という理由で。
ちなみに外出するときはハイヤーが手配され、ボディーガードもついてくる。
過保護だな、と思わなくもないけれど。でも有名百貨店グループの社長夫人なのだと考えればこれくらい当然なのかもしれない。
社長夫人として相応しい待遇と、新妻を大切に思う気持ち。そんな幸景さんの愛で私の生活は出来ている。それがとても贅沢で幸せなことだとは、もちろんわかっている。……けれど。
「……退屈だな」