年の差政略結婚~お見合い夫婦は滾る愛を感じ合いたい~
正午。
幸景さんが仕事に行ってからわずか三時間で、私はもう退屈を持て余してしまった。
つけっぱなしのテレビをぼんやりと眺めながら、リビングのソファーで膝を抱えて座る。

この家に、私の〝するべきこと〟はない。
掃除も、洗濯も、ご飯作りも。家事はすべて代行サービスがやってくれるのだから。

マンションに越してきた日から、幸景さんの手配で家事代行サービスのスタッフが毎日来るようになった。いわば出張のお手伝いさんみたいなものだ。

スタッフさんは優秀で、家はいつだってピカピカだし、ベッドシーツも毎日ホテルみたいにピシッとしてるし、おいしくて栄養満点の晩ご飯も作ってくれる。だから私はとってもらくちん……なんだけれど。

「……お掃除、したいな」

こんなこと思うのはわがままだろうか。私は家事がしたい。
幸景さんと暮らすこの家を自分の手で綺麗にしたいし、彼のワイシャツにアイロンをかけたい。スーパーでお買い物をして腕を振るって晩ご飯を作りたい。
結婚したらそれが当たり前だと思っていたし、ひと通りのことは出来るように母と祖母にずっと教えられてきた。

でもきっと社長夫人とは家事などしないものなのだろう。

『僕が仕事に行っている間、きみはなんでも好きなことをしていいんだよ。コンサートや舞台を観に行ってもいいし、エステだって買い物だって自由に行きなさい。きみが毎日笑顔で伸び伸び過ごしてくれることが、僕は何より嬉しいんだ』

結婚直後にそう言ってくれた幸景さんの言葉は私への思いやりに溢れていたけれど、その『自由』の中にふたりの生活を守り作っていく『家事』は、含まれていなかった。
きっと、私と違って生まれたときからセレブリティな幸景さんにとっては、それは当然のことなのだろう。

「これが〝住む世界が違う〟ってやつなのかな……」

呟いて、私はソファーから立ち上がると近くの棚を人差し指でスッと擦った。指先には埃どころか塵ひとつつかない。私の出る幕などこれっぽっちもないと言わんばかりに。

幸景さんとの婚約が決まったとき、大学の友人から生活レベルが違いすぎて大丈夫なのかと心配された。その頃から漠然と不安はあったのは否めない。
けれどそれがこんな寂しい気持ちを生むだなんて、思ってもいなかった。

毎朝、幸景さんが朝食を作ってくれることも。家事はプロに任せて一切やらなくていいことも。きっと傍から見れば幸せでとても贅沢なことなのだろう。文句なんて言ったらバチが当たる。

だから私の方がきっとおかしいのだ。
ふたりの生活を他人に委ねるのは寂しい。幸景さんを妻として支えられないのがもどかしい。何も役割を与えられないということは、未熟で何も期待されていないということかもしれない――そんなことを考えてしまう私の方が。
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