偉大なる使用人
「どういうつもり?奏多。」
結局あのまま飛び出して、家に帰ってきてしまった。
彼から何か説明があると思ったけど
何も話さないから、こっちから切り出す。
「音様が見た事、聞いた事が全てです。」
私が脱いだドレスを回収しながら、
顔色ひとつ変えずにそう返される。
「私、何も聞いてないんだけど。」
「さっき聞きました。」
「さっき初めて聞いたの!…絶対に嫌よ。」
絶対に嫌。
奏多、私は奏多が好きだって
貴方も知ってるはずでしょ?
冗談なんかじゃないのよ。
お嬢様の戯言じゃないの。
どうしてわかってくれない?
「…それが、”しきたり”と言うものです。」
「しきたり?」
「私にはどうする事もできないしきたり、です。卒業する頃にはご自分の役目をきっと理解できるでしょう。」
私の意見をまったく無視したそのしきたり、とやらに本当に腹が立った。
意味がわからない。
「私の気持ちを知ってるでしょう…?」
「音様は、錯覚しているだけです。」
「…錯覚?」
奏多の表情が、少しだけ柔らかくなった。
ベッドに座る私の前に膝を立てて、
両手を握ってくれる。
「私の事を慕うという気持ちは、錯覚です。」
「錯覚なんかじゃ、」
「今まで一番近くにいた異性がたまたま私だっただけ。ただ、それだけです。ジンが居ればジンを好きだと思ったでしょう。」
そんな事ない!
妹の使用人であるジンだって私は凄く仲良しだけど、
ジンにこんな感情は持った事がない。
奏多だから、
奏多だからなのに。
「まぁ、でも。錯覚も恋愛の一つである事は否定しません。しかしこれからのお相手は私でなく、天野川光希様です。」
「奏多じゃダメなの?」
「ダメです。」
間髪入れずにそう言われた。
私が怒ってたはずなのに、
どうして怒られているような気分になるんだ。
「どうして?」
「私が応えられないからです。」
「絶対に?」
「絶対に。」
鋭くて真っ直ぐな綺麗な瞳に見つめられて
思わず涙が出た。
「奏多、私の事嫌いなの…?」
奏多の瞳が一瞬だけ揺れて、
その薄い唇が少しだけ震えた気がした。
「いいえ。誰よりも、愛しています。使用人として。」
付け加えられたその言葉に、
胸がぎゅうっと締め付けられた。
使用人として…?
じゃあ、使用人なんてもういらない。
ただの男の人としてじゃ、側に居てくれない?
ねぇ、奏多。