偉大なる使用人
「奏多!奏多~!どこにいるの、一色奏多!」
嗅覚だけに集中して春の香りを堪能している最中に、鈴のような声が僕を呼ぶ。
髪型が気に入らないか、あるいは背中のファスナーに手が届かないか。
とにかく大した用事では無い事は声色で分かる。
暫く無視して目を閉じたまま続きの言葉を待とう。
どうせ、こう言うのだろう。
「また猫みたいにフラフラして。使用人が側に居ないなんて。」
予想通りのその言葉に苦笑して目を開ける。
庭の手入れ確認も済んだ事だ。
今、向かいますよ。
「どう思う?いつも私をほったらかすの。ねぇジン。あの男は私の使用人じゃなかった?」
愚痴を聞かされて困り果てたジンが僕に気付いて口を開きかける。
首を振りそれを制して、背後からそっと近付く。
「それは、私の事でしょうか?音様。」
ひっ、と小さく肩を揺らした彼女が
恐る恐る振り返る。
僕の顔を確認すると、花のような笑顔に変わる。
「奏多、どこにいたの?ねぇ、これを見て。制服のリボンが上手く結べないの。」
新しい制服に袖を通した彼女が
さぞかし大事件のように話すから面白い。
「それならすぐ側に居るジンにやってもらえば良いでしょう。愚痴を聞かされて、可哀想に。」
「私の使用人は奏多でしょう!」
僕でなくてもできる事だって、
僕以外には頼まない。
「それを言われては何も言えなくなりますね。」
少し身を屈めてリボンを結び直す。
元からきちんと結ばれていたリボンを解いて、また結び直す。
「そうでしょう?私の事は全部貴方がやるの。ほら、リボンだって上手。きっとジンよりも。」
既に妹の彩様の元へ戻り、
同じように彼女の身支度を整えているジンの口角が密かに上がった。
ここの使用人は耳が良いのだから注意してください、全く。
「貴女は本当に、仕方のない人ですね。」
そんな彼女に、僕は今日も
ありったけの愛を込めてそう言うのだ。