偉大なる使用人
おそるおそる部屋の扉を開け、
ゆっくりと歩き出す。
パパの部屋に着くまでに辺りを見渡すけど、
奏多の姿はどこにもない。
すれ違う使用人達は、まるで何も無かったかのように笑顔で頭を下げている。
「なんで…?」
朝まで目覚めなかった自分を恨む。
どうして私はここに居るの?
コンコン、と控えめなノックをして
中に奏多がいるかもしれない、と淡い期待を膨らませた。
でも。
そっと扉を開けて中へ通されても、
そこに奏多の姿は無かった。
「パパ…、」
「あぁ。音、おはよう。」
呆れたように笑った。
怒ってはない、ようだ。
何故?
その答えを、パパは丁寧に教えてくれた。
「奏多から聞いたよ。昨日は緊張しすぎて思わず飛び出したんだろう?」
は…?
緊張?
「気が動転していたんだと。それで心細くなって私の手を引いたのでしょう、そう言っていたよ。」
「ちが…っ、」
否定しかけて、口を噤む。
とにかく、奏多はどこ?
「奏多は…?」
「残念だが、奏多は異動だ。まぁそれでも、九条家系内だから心配するな。屋敷は少し遠いがな。」
奏多が、異動?
「待って、待って。私が悪いの!奏多は何も悪くない!異動だなんて、そんな、」
「わかっているよ。きっと奏多はお前の我儘に付き合わされただけなんだろう?」
そう、だけど…そうじゃない。
だって私達は。
「パパは引き留めたんだよ。だが、奏多が言って聞かなかった。」
「奏多が…?」
「責任感の強い男だ。昨日の事を忘れられないままここで仕事を続ける事はできない、と言っていた。」
昨日の事を、忘れられない。
「恐らく使用人として、お前を止められなかった事だろうな。」
違う。
違う、そうじゃない。
そうじゃないの。
『僕にとって、これは人生のご褒美。』
ポタ、ポタと涙が溢れる。
奏多。
あの時、もうこうする事を決めていたの?
また貴方が庇ってくれたおかげで、
私は今日も本当の事を言えないよ。