偉大なる使用人
「寂しいのはパパも同じだ。最も信用できる使用人だったからな。だが、天野川家も許してくれたんだ。光希君は素晴らしい男だよ。だから泣き止んでくれ、音。」
それを聞いて、目の前が真っ暗になった。
どうせなら、思いっきり怒られたかった。
思い切り反対して欲しかった。
私の彼の周りには敵しかいないと思える位に。
そしたら躊躇なく悲劇のヒロインになって
何度でも何度でも、彼の手を引きに行くのに。
奏多が今まで築き上げてくれた環境は、
恐ろしい程私にとって最適な物で、
あんな事をしでかしてまでも、
私には未だに居心地の良いこの場所が残されている。
「光希も…許してくれてるの?」
「そうだよ。彼の使用人…英司と言ったな。彼にも奏多が説明してくれている。感謝しなさい。お前の新しい使用人は天野川家の人間が…」
話を聞きながら、これ以上涙が出ないように必死に熱い喉を深呼吸で鎮めて、お辞儀をして部屋を出る。
自室に戻った私は、ベッドに突っ伏してひたすら泣くしかなかった。
「ふぅっ……うぅ…」
何でこんな事になったんだろう。
私と彼は互いに同じ気持ちのはずなのに。
私には今まで通りの何の不自由もない生活が、
奏多には新しい主が。
『私が見ている限り、まだまだ子供です。』
本当に、その通りだ。
何も知らない、何も出来ない。
いつも奏多が私を先導して歩いてくれて。
迷わないように怪我をしないように。
私がその手を無理矢理引っ張って、一緒に飛び降りようと崖の淵まで来た時。
彼は私を強く引き戻して、一人で落ちて行ったんだ。
奏多を失った私は、ただただ呆然とするだけで。
後を追う事も一人で歩き出す事もできない弱虫の卑怯者。
どうしたらいい?
どうすればいいの?奏多。
貴方が居ないと何も出来ない私は、
これからどうやって生きて行けばいい?