偉大なる使用人
代々、九条家に仕えてきた僕の家系。
彼女の使用人になったのは今から五年前だ。
常識、マナー、教養を学び成人と共に
彼女の正式な「使用人」となった。
と言っても、幼い頃から彼女の側に居た僕が
近所の優しいお兄さんから使用人へと変わった事は、彼女の中では大した変化ではないだろう。
彼女が住む屋敷で生活を始めてから
僕の意識だけが明確に変わった。
それだけだ。
ある時は彼女が寝るまで本を読み、
またある時はやんちゃな彼女の木登りを、
心臓が潰される思いで見守った。
年々美しくなる彼女の紅い唇が、
「奏多」と紡ぐだけで
僕の背筋は伸びるし、脳は冴え渡る。
寂しいような嬉しいような、そんな気持ちになる。
額にかかった髪を払いのけてあげると
頬を染めて嬉しそうな彼女に、煩悩が疼く。
映画を見て覚えたのだろう、愛の言葉を浴びせられると
つい、応えたくなる。
その度に勘違いするなと自分に言い聞かせては言い聞かせては、初心に戻るのだ。
産まれたばかりの雛鳥は、
目を開けて最初に見た者を親だと思うだろう。
僕は彼女の親鳥で、彼女はいつか巣立つ。
彼女が思うよりも世界は広い。
それを彼女が知ってしまったとしても、
死ぬまで彼女に仕える事ができるだけで
幸せなのだと。
そう思う事が僕に出来る唯一の事だった。