偉大なる使用人
車から降りて、優しく微笑まれても
私はその顔を見て上手く笑う事ができなかった。
トボトボ、と後を付いて行きながら
どうしよう、どうしようと言い訳を考えていた。
「あ、あの。光希、ごめんね。」
とりあえず、謝らなきゃ。
「んーん。…緊張、してたんでしょ?」
立ち止まった光希は
こちらを振り返って、また笑った。
「まぁ、うん。そうだね…」
「お話中失礼いたします。
少し、お時間よろしいですか?」
私の更に後ろを歩いていた英司が言葉を放った。
「英司?」
「音様と二人でお話したい事があります。坊ちゃんはお先に屋敷へ。」
坊ちゃんと呼ばれた彼は、少し拗ねたようにこちらを見るも、英司が目で訴えると
渋々、といった様子で屋敷へ歩いて行った。
「英司…ごめんなさい。」
ここにお座り下さい、と天野川家の庭のベンチに促されて腰を下ろした瞬間、私は謝った。
貴方の大事な坊ちゃんの顔に泥を塗った。
後ろ手を組んで微動だにしない英司の表情は分からない。
少しの沈黙が私達を包んだ。
「それは、何に対しての謝罪でしょうか。」
何に、って…そりゃあ、
「結婚式を抜け出した事?坊ちゃんに恥をかかせた事?それとも…本当は坊ちゃんではなく、奏多さんを愛している事でしょうか。」
そこまで言われてハッ、と顔を上げる。
英司、気付いてるんだ。
何も言えない私は、ギュッと服の裾を握った。
どうしよう。
どうしよう。
「大丈夫ですよ、もちろん坊ちゃんにはお伝えしておりません。」
そんな私を見て、英司は眉を下げて笑った。
「貴女を見ていても分かりますし、彼を見ていても分かります。」
「…そう。」
何とも言えない空気だ。
「結婚式の翌日。早朝に彼が謝罪の挨拶に来ました。」
「…えぇ。聞いたわ。」
「まるで教科書にでも載っているような素晴らしい説明に、私以外はすっかりと騙されてしまったようです。」
その時の奏多の様子が目に浮かぶようで
不謹慎だけど、恋しく思ってしまった。
あの男の答弁には、ぐぅの音も出なくなるんだ。いつもいつも。