偉大なる使用人
あの後、英司は一言だけ付け加えて
屋敷に案内してくれた。
『ただ側にいる。それだけで満たされる人間も世の中には存在するのだと思います。』
奏多が側に居ない今、
その言葉は私の胸に深く深く突き刺さった。
お茶と共に出されたマカロンを両手に抱えて
私へ差し出してくれる目の前の光希は、
本当に何も気付いていないのだろうか。
「光希、どうして怒らないの?」
私が選んだチョコレート味の包みを
丁寧に破って中身を渡してくれる。
「だって、戻ってきてここにいるじゃない。」
自分も一つかじりながら当たり前のようにそう言って、視界の端に居た英司が俯いて微笑んだ。
そっかぁ。
光希はそれで全部許してくれるんだ。
「親が決めた結婚だけど、僕は相手が音で良かったって本当に思ってるよ。あ…でも僕も謝らないといけない事がある。」
「なに?」
「昔、初めてパーティに誘った時…本当は婚約の事言おうと思ってたんだ。。」
あぁ、あの懐かしい桜パーティ。
花火が上がったのは、おめでたい日だったから。
「音には僕も何も知らなかったフリしてたけど、本当は高等部に入った時から聞かされてた。この子が僕の生涯のパートナーなんだって最初から知ってた。」
「…そう。」
そうだったんだ。
光希は、何の抵抗もなく私を受け入れたのだろうか?
「僕は…与えられた身分にとても感謝しているし、満足してる。音は違うのかな?…ううん、もしそうだとしても。」
音のキラキラした瞳が揺れて、
少しだけ哀しみを含んだ気がした。
「今世の運命は今世に従ったら、また来世には来世の運命がきっとあるはずだから。」
童話から出てきたようなその言葉に、
鼻の奥がツーンと刺激されて
英司がこの子の側を離れたくない理由が本当に良く分かった。
さぁって促されて食べたマカロンは、
涙の味がした。