偉大なる使用人


奏多が音様の使用人を辞めて一ヶ月程経っただろうか。

一時はこのまま一生泣きっぱなしではないかと思われた後様も、天野川家に謝罪に行かれた後から段々と顔つきが戻ってこられたようだった。

「どうにかならないものですかね。」

彩様に、使用人としてあるまじき独り言を呟いてしまい後悔する。

「天秤に掛けて、姿を消したのね。」
「天秤に?」

そんな私の戯言に、律儀に答えてくれる彩様はやはりお優しい。

「使用人と男、をでしょうか?」
「バカね。ジン。」
「バ、バカとは…」
「そんな簡単な事じゃないわ。」

ご自分も自由の身にはならないという事を
彼女もまた、よく知っている。

「お姉ちゃんの人生と、自分をよ。」

言われてはあぁっと長い溜息が出る。

「お姉ちゃんの幸せの為なら、奏多は自分の想いなんか後回しにする男よ、きっと。貴方もそうでしょう?」

見透かすような彼女の視線に、笑うしかなかった。

使用人だ、彼は。

本物の、使用人だ。

気になるなら会って来れば?
そう言われて、屋敷を後にする。

旦那様に奏多の様子を見に行くと報告すると、よろしく頼むと背中を押された。

…誰も二人を引き裂こうともしていないのに。

それがまた余計に辛いね、奏多。

.
.
.
.

「久しぶり。」

同じ九条家系だという事もあり、
彼に会うのは容易かった。

音様はあれから一度も彼には会っていないようだけれど。

「…痩せすぎじゃない?ちゃんと食べてる?」
「そう?一ヶ月じゃそんなに変化もないでしょ?」

休憩時間に彼の新しい部屋へと案内され
やっと発した一言目は、それだった。

いや、痩せすぎだってば。
ダイエットどころの騒ぎじゃない。

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