偉大なる使用人
「急に辞めてごめんね。」
バツが悪そうに頭を掻く奏多。
「僕はわざわざ責めに来た訳じゃないよ。」
「はは。音様は?元気にやってる?」
元気な訳ないよ、奏多がいないのに。
それでも最近はとても頑張っているよ。
一人で、必死に立ち上がろうとしてるよ。
「結婚式の日取りが改めて決まったよ。」
「そっか、良かった。」
心底安心したように笑うその顔に、
僕は何が正解なのかいよいよ分からなくなってしまった。
「あのまま…逃げようと思わなかったの?」
純粋な疑問をぶつける。
「思ったよ。」
「…え?思ったの?」
「手を引かれた時、心底嬉しかった。一緒に会場から走って逃げてる時、ワクワクした。」
思い出すように遠くを見て笑う奏多。
「変装して街を歩いた時、彼女が腕の中で眠った時、死ぬほど幸せだった。寝てる彼女に口づけした時は本当にこのまま死んでもいいとさえ思えた。」
「…何で戻って来たの?」
もう分かりきってる事だけど、
本人の口から聞きたい。
「そりゃあ、」と、ゆっくりと彼は答えた。
「彼女を愛してるから。」
予想した答えと違って、ヒュッと喉が鳴る。
彼女の幸せの為、とか彼女の人生の為、とか
そんな類の言葉を想像していた僕は
これ程ハッキリとした答えが聞けるとは思ってなかった。
「好きとか守りたいとか、そんなレベルの話じゃない。昔から今もずっと。彼女は、僕が汚していい存在じゃない。」
彼の「愛してる」がずっしりと心に響く。
「彼女は僕の人生に、こんなにも沢山の色をくれた。周りが何と言おうと彼女が何て思おうと、それが答えなんだよ。」
僕は、もう何も言えない。
「…戻ってきたら?」
「彼女が使用人としての僕を側に置いてくれるならね。」
使用人って、ここまで主を想えるものなのだろうか。
…僕も見習った方がいいのだろうか。
彼の強い意志をヒシヒシと感じて、
今度こそ何も言えなくなってしまった。