偉大なる使用人
延期になった挙式の日まで、
私は所謂、花嫁修業に入る事になった。
とは言っても、炊事洗濯を学ぶ訳ではない。
天野川家に入る練習とでも言えばいいだろうか。
「アレルギーはスギの花粉のみ。食事に関しては、特に問題無いと。ここまでで訂正する事は無いでしょうか。」
英司が何やら分厚い日記のようなものを見ながら、私の細かい情報を確認していく。
それは…一体何なのだろうか。
「英司、何なの?それは。そこに私の事が書いてあるの?」
「ええ。他にも何冊かありますが、一番新しいのはこれですね。」
ちょっと見せて、と手を伸ばすと
ヒョイ、と隠される。
「私の情報なんだから、私が見てもいいでしょう?」
「よろしいのですか?思い出したくないような恥ずかしい情報も記載されているかもしれませんよ。」
「なっ…そんなの余計に、」
「さぁ。天野川家の使用人達を紹介致します。どうぞこちらへ。」
意地悪に笑った彼は、私をあしらうのが奏多並みに上手いようだ。
ちぇ、と舌を鳴らして指示に従う。
彼は今頃何をしているのかな。
もう、会えないのかな。
天野川家の使用人からの丁寧な挨拶を受けながら
頭の隅ではぼーっとそんな事を考えていた。
「音様。そろそろ光希様がご帰宅されます。」
光希は父親の仕事をきっちり引き継いでいて、今日も挨拶回りに勤しんでいるようだった。
ずらりと並んだ使用人の列を通り過ぎ、
先端にいる英司に鞄とジャケットを預けると私の顔を見て「ただいま」と微笑んだ。