偉大なる使用人


彼の部屋にお邪魔する時、英司は居ない事の方が多くなった。
何かあればすぐに飛んでくるのが凄いのだけれど。

ソファに座って、お茶を飲む。

「光希、疲れた?」
「ううん、疲れてないよ。」

伸びをする彼は、本当は疲れたんだろうけど
そんな事は口にしない。

「結婚式、もうすぐだね。」
「そうだね。」
「大丈夫?僕は来年でも再来年でもいいんだよ。」
「…ふふ、もう大丈夫よ。」

来年でも再来年でも、
伸ばした所で何も変わらないんでしょう。

私は英司と約束したの。
奏多からも背中を押されたの。

「次は逃げないわ。」

そう言うと、彼はふふっと笑った。

「今日、使用人を紹介されたんでしょ?黒髪おかっぱの人覚えてる?彼は凄く面白いよ。英司は許してくれない事を、彼はね…」

その後も彼は私を飽きさせないよう、色んな話をしてくれた。

幼い頃に屋敷の中に作った秘密基地や、
英司は寝ていても光希が近付くとすぐに目を覚ます事。

おすすめの本や映画や劇。

どれもこれも、
お腹を抱えて笑うくらいおかしかったけど
奏多と私の今までには勝てないなぁって思った。

彼には沢山迷惑を掛けた。

幼い頃どうしても木に登りたかった私は、
彼を土台にして無理矢理木の枝に座り、
心配そうに下から見上げる彼に葉っぱを落として笑っていた。

その後、降りれなくなって泣き喚いたっけ。
覚えてるかな、奏多。

……ん?

”音様、そろそろスギの花粉が舞う季節ですから”

幼いながらに微かに記憶に残る彼の声。

…あぁ。やっぱりな。
奏多が書いたんでしょう、あの日記。

思わずクスッと笑いが出ると
光希は自分の話で笑ったのだと勘違いしたけど、それはそれで良かった。

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