偉大なる使用人


背中のファスナーを上げられて、
ぐっと背筋が伸びた。

良かった。新しいドレスだけど、サイズは変わってない。
むしろ、ちょっとだけ痩せたのかな。

「音様。大変お綺麗でございます。」

私が逃げたあの日にも、同じ事を言ってくれた衣装係の彼女に苦笑いを返す。

鏡を見ても、やはり二度目のウエディングドレスは複雑だ。

「ベールは後程。天野川家の使用人が訪ねて来られているようですが、通してもよろしいでしょうか?」
「あぁ、英司ね。いいわ、通して。」

深々とお辞儀をして出て行った彼女と入れ違いで英司が入ってくる。

私の全身を瞳に写して、わあっと感嘆の声をあげてくれた。

「前回はよく拝見出来なかったもので。」

嫌味を含めて笑う彼に、私も苦笑いを返した。
なんか今日、苦笑いばっかりだ。

「今回は逃げないわ。」
「えぇ。この二ヶ月を見て、私も確信しております。貴女はもう逃げません。」
「あーあ。奏多にも見せたかったわ。このドレスも中々素敵だと思わない?」

久しぶりに彼の名前を口に出した。
もう大丈夫だと自分に、英司に、言い聞かせる為に。
ちょっと震えたけど、大丈夫。…大丈夫。

「音様。私の願いを聞いて頂き、ありがとうございます。」
「どうしたのよ、英司。」
「辛い選択を受け入れて頂き、ありがとうございます。」

頭を下げる英司の肩が、少し震えていた。

「坊ちゃんの使用人として、私は貴女にとても感謝しております。」
「貴方は本当に光希を愛しているものね。」
「その通りでございます。…そして。私の願いを聞き入れて下されば、私は多少の事は致す、と申し上げました。」

…あぁ。
そうだ。確かに彼はそう言っていた。

「私のこの選択が間違っているか否か、それは私にも分かり兼ねます。…ただ。使用人として、彼の気持ちも多少は分かっているつもりですので。貴女方を信用する事に致します。」


入って来てください。


そう言って彼が見つめる扉が開くと、
ゆっくりと姿を現したのは

私が会いたくて会いたくて仕方のなかった
世界で一番愛おしい彼だった。

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