偉大なる使用人
なんで。
なんでそんな風に言えるんだ。
愛する人が誰かの妻となり、それを一生側で見続けるのが幸せだって言うのか。
「大丈夫だよ、ジン。お前もいつか分かるよ。側に居させてもらえるだけで幸せだと思える、そんな主に出逢えた僕は…とても幸運だ。」
音様の憔悴しきった顔を思い出す。
一度絶望を味わった彼女もきっと、
彼が側に居ればそれでいいって
そう思うだろうと思った。
二人は本当に、あの一日だけの思い出を
大切に箱に入れて鍵を掛けて。
きっと、そうやって…
「そろそろ行かないと。花嫁様にサプライズしなきゃ。」
「待って、奏多…体重、戻った?」
ずずっと鼻をすすって、疑問に思っていた事を聞いた。
一ヶ月前、目を塞ぎたくなる位に痩せていた彼はどこにも居なかったから。
「英司が来てから一週間。戻すのに苦労したよ。」
また後で、と歩き出した彼の背中を見て
僕はまた泣いてしまった。
「心配掛けたくない、ってかぁ…。」
なんか、もう。
色々教わってばかりだよ、本当。
奏多が扉の中へと消えて行き、
英司さんが出てきた。
「貴方には、嫌われますでしょうか。」
英司さんは困ったように笑った。
僕は、僕は…
「僕は、身内に甘いだけですから…。」
そう言うと、次は少し声を出して笑った。
「僕も、大概の事は負けないつもりでした。坊ちゃん…光希様に対する意識や忠誠心も。申し訳ありません、つい坊ちゃんと。」
まだまだ子供だと思いたいのです。
そうつけ加えて笑った。
「しかし、男女ではまた違うのでしょうね。そこに違う種類の愛情が混ざれば尚更。それでも彼は、使用人としての誇りを捨てなかった。尊敬に値します。」
「僕も…僕もそう思います。」
「彼が基盤を作ってくれていたお陰で、誰にも反対されずにすんなりと戻す事が出来ましたよ。全ては彼の意思の問題でしたから。」
二人で逃げたら良かったのに、なんて陳腐な言葉、
英司さんの言葉とさっきの奏多の顔を見たらもう言えないよ。
君の願いというのは、
彼女が彼女の人生を踏み外さずに生きる事が前提なんだろ?
それじゃあ、もう。
大好きな人の側に戻れて本当に良かったねって
そう思うしかないよね。奏多。