偉大なる使用人
.

コンコン、と控えめなノックで目覚めると
音を立てずに扉が開かれる。

「おはようございます。音様。」

カーテンを開けられて、朝日が入り込んだ。
もう目は覚めてるけど、寝たふりをする。

「音様。お目覚めはお見通しですよ。朝食の準備が整ってます。さぁ、行きますよ。」

何もかもお見通しの彼に、
ちぇ、と舌を鳴らす。

「ねぇ奏多。貴方も一緒にここでのんびり食事をしない?いいでしょう。私、新しい環境にまだ慣れないの。」

ベッドの脇に直立する奏多に
無駄な提案をする。

「音様の学校はエスカレーター式です。以前からのお友達がよっぽど出来の悪く無い限り、全員がそのまま高等部に上がっておられるはずですが。」
「意地悪。」

彼の口が弧を描き、さぁ、と手を差し伸べられる。
仕方なくその手を取って部屋を出た。

「昔はよく一緒に食事してたじゃない。」

部屋を出たら、少し後ろを歩く奏多に
しつこく尋ねる。

「昔は昔。今は今、です。」
「使用人は主の言う事を聞くものじゃないの?」
「あぁそうだ、音様。本日のデザートは音様のお好きなギリシャ産のヨーグルトですよ。」

えっ?本当?
思わず後ろを振り返ると、
くくく、と笑った奏多。

「た、食べ物で誤魔化そうだなんて。」
「食事は身体と精神の資本ですから。」

私をダイニングに着席させると、
彼は一礼して部屋の角へ下がった。

「彩、ジン、おはよう。」
「おはよう、お姉ちゃん。」
「おはようございます、音様。」

先に席についている彩と
奏多と並んで立つジンに挨拶する。

「今朝のデザートはお姉ちゃんが好きなギリシャ産のヨーグルトだそうよ。」
「奏多に聞いたわ。」
「奏多がシェフに頼んでくれたのよ。高等部へ入って色々大変だろうからって。ジンが言ってた。」

え。
パッと奏多を見ると、聞こえていたようで
優しく微笑んでいた。

「ありがとう、奏多。」
「本日も音様の一日が有意義なものとなりますよう、切にお祈り申し上げます。」

そう言って、再び頭を下げた。



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