夢の終わり、交わした約束を胸に~紡~
どうしてこんな夢を見ているのかは意味不明だが、これを見ていく中で椿が母から虐待を受けていた理由が明らかになるかもしれない。ならば見ておくべきだろう。

「おはよ、椿。お!髪、長くなってきたね」

そう言ってソファーから立ち上がり、嬉しそうに駆け寄ってくる椿の母。どうやら私の姿には気づいていないらしい。まるであちらには見えてないかようだ。とはいえ、見えていたらそれはそれで怪しまれ、すぐさま外に追い出されていたであろう。つまりこの状況は好都合である。

改めて幼い椿を見てみると、栗色で前髪が長くて目が隠れているのは同様なのだけれど、後ろ髪はツーブロックではなく、ロングになっていた。

私は顔つきから男子と認識したけれど、一歩見間違えてしまったら女子だ。幼い椿の長い髪に喜んでいる母の様子からして、母に言われたから、長くなっても切らなかったといったところだろう。

「母さん、椿は男の子なんだから短くしないと。それにこの前髪、前が見えにくいじゃないか」

卵焼きを作っていた椿の父は火を止めて肩をすくめながらこちらに寄ってきた。

「いいじゃない。本当は女の子が欲しかったんだから」

愛想良く言ってから椿の母はアーモンド型の目でキッと父を睨み付けた。どうやら髪を切ってくれる気はちっともないらしい。

父はそれに怯えたのか、あからさまにため息をついて渋々とキッチンへと戻り、料理を再開する。何か言い返しをする勇気はないようだ。

その姿を椿は複雑な表情で見ていた。嬉しいような悲しいような、なんともいえない顔。心もきっと不安定なのだろう。
< 116 / 240 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop