夢の終わり、交わした約束を胸に~紡~
「よし。じゃあ、髪といてあげるから洗面所行こっか」

椿の母はそう明るく言って椿の背中を手でグイグイと押し、無理矢理洗面所へ連れていく。まるで連行されているようだ。私もその後を追うようについていった。

洗面所に入った椿の母はくしで椿の長い髪をこれでもかと強く力を入れてとかす。確かに髪が長いと絡みやすくなるものだが、今にも痛いと感じていそうな幼い椿の気持ちも考えてほしい。

「母さん、痛いよー」

我慢の限界なのか痛みを訴えるのも無理もない。

「文句言わないの。すごく絡まってるんだから」

椿の母はぶっきらぼうに言った。だが髪をとかす前の幼い椿の髪を思い出してみると、あまり絡まっている様子ではなかった。この母親は何がしたいのか、わからずじまいだ。

「ところで、前髪は切った方がいいかしら?」

髪を強くとかしている手を止めずに母親は言う。前髪を長くしているのは母親の希望ではないらしい。

「うんん。外を歩いていると周りの人が僕を見てくるんだ。その目が怖くて」

幼い椿は目の前にある大きな鏡をぼんやりと見つめながら沈んだような声で言う。前にきっと怪しまれた経験があるのだろう。

「気にしなくていいのよ。目線なんて。椿は母さんの言うことだけ聞いてればいんだから」

母親は愛想笑いをとりつくりながら言う。それから椿の長い髪をといていた手を止めてくしをしまった。それと同時に私はほっと脱力する。いつまで続くんだろうと呆れていたからだ。
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