夢の終わり、交わした約束を胸に~紡~
瞳からこぼれた涙の雫が頬を伝っていく。

「ほらあなたもなにか、言いなさいよ」

黙っている父さんを急かすように母さんは言う。小さく頷いた父さんは顔を俯かせたまま口を開いた。

「父さんも漁師の友に頼まれて今回は行ったんだけどな、狙いの深海魚は思いの外すぐ採れてしまって、あとはせっかく来たからと観光してました。すみません」

「へ?そんなの聞いてないわよ。相変わらず嘘つきね」

言い訳をする父さんに頬をふくらませて怒る母さん。なんだか見ていると涙より、笑いの方が堪えきれなくなった。

その笑い声を聞いた母さん達は顔を見合わせて、不思議そうにしている。

「あ、ごめん。変わんないなと思って」

一度笑い出したら止まらなくて声が病室中に響く。幸い同じ部屋に他の患者はいなかったので、迷惑にはならずに済んだ。

「その調子なら退院も早くなりそうね。母さん、看護師さん呼んでくるわ」

クスリと笑って母さんは病室を出ていこうとする。けれどさっきから聞いておきたいことが心の中にはあった。

「待って。その救急車呼んでくれた高校生って誰?」

立ち止まった母さんは一瞬首を傾げてから、やがて思い出したように手をパンとたたいた。

「東山……そうそう。あのメガネ屋の孫。たしか、椿君だったかしら?」
< 234 / 240 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop