夢の終わり、交わした約束を胸に~紡~
椿の涙が落ち着きを見せた頃には、五時間目が始まってから二十分も経っていた。

さすがに今教室に戻っても、四方八方からの視線と、先生からごちゃごちゃ言われるのが待っているだけだ。

それにもう少し椿のそばにいたくもなっている。この気持ちは何なのだろうか。感じたことのない、胸のざわめきがする。不思議に思った。

今は椿の涙が落ち着いたということで優しく包むのはやめ、その場に二人して腰かけたところだ。

「亡くなったお祖父さんってどんな人だったの?」

ふいに気になって聞いてみた。あんなに泣いていたぐらいだから大切な人だったというのはわかる。

「優しい人だった」

呟くように椿は言った。

「面白い冗談でいつも俺を笑わせてくれて、いろんなことを教えてくれて、その背中がたくましく見えて、いつしか憧れてた」

椿はそう言いながら寂しそうに雲ひとつない青空を眺める。家族の誰かに憧れるだなんて、羨ましく思いながら私も空を眺めた。

生ぬるい風に椿の栗色の前髪がなびいている。その隙間からチラリと目が見えた気がした。

「でも二年前、自殺した」

唐突に驚きの発言をしてきたものだから「え?」と聞き返してしまった。

お祖父さんだから流行り病とか、足腰が悪くなったからかとかで亡くなったのだろうと思っていた。どうやら私の予想は外れたようだ。

「なんで俺を置いていったんだよ。教えてくれよ、おやじ」

椿は空の上にいるお祖父さんに問いかけるように言った。その言葉は誰にも返されることはなく、ただ空に響いて消えてゆく。儚くて虚しいものだと思った。

私も幽霊の仁菜に二度と会えなくなってしまう時が来てしまうんだよね?

そう考えると寂しい。幽霊に会えているのも不思議だけど、仁菜がいなくなった世界なんて生きる希望をなくしたのと同じだ。だから消えてほしくない。ずっと一緒にいたい。

そう、心の中で願った六月十七日という今日、椿と空を眺め続けたのであった。
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