癒やしましょう。この針で!!~トリップしても根性で乗り切ります。
愛来が沢山の人々に別れの挨拶をしている。俺はそれを何も言わずに眺めていた。
声が出ない。寒くもないのに手足が冷えていく。
もう時間か……。
トレントの声がやけに響いていた。
「そろそろ時間です。愛来様準備をお願いします」
愛来は頷くと俺の前に立っち抱き着いてきた。
離れたくない。
離したくないと強く抱きしめ、唇を重ねた。何度思ったことだろう、このまま時間が止まらばいいと……。しかし、愛来は俺からそっと離れていった。
行ってしまう。
もうこの手の届かないところへ。
行くなと叫びたかったが、喉が渇いて声がうまく出せない。その苛立ちが大気を震わせた。俺の感情の乱れに気づいた愛来が振り返った。
愛来は眉を寄せ笑っていた。
俺は愛来にこんな顔をさせたいわけじゃなかった。幸せに微笑んでいてもらいたかった……。
ダメだ愛来。
行ってはいけない。
愛来が魔方陣の中へ入っていくと魔方陣が発動を開始し光が強くなっていく。
俺は周りの制止を振り切り魔方陣へと近づいた。
愛来が俺の名を呼んでいる。
「愛来……行くな。愛来ーーーーーーーー!!!!!!」
目を開けていられないほどの閃光がファーディア・セレスティーの夜空を照らした。ファーディア・セレスティーに住む人々はそれを見ながら祈った。この世界を守るため愛する人と別れ帰還される、かわいそうな聖女を思って。