君の音に近づきたい
「あ、あの……っ」
「体調悪いって、一体いつからだ」
「ただの寝不足で――」
「熱は? ん……熱はなさそうだな」
ベンチに座らされて、二宮さんがすぐそばに座り、私の額に手のひらを当てて来る。慌てふためく私をよそに、二宮さんは真剣だ。
間近にある二宮さんの顔に、むしろ熱が出そうです――。
あまりの近さに、触れ合っているわけでもないのに体温を感じて身体全体でドキドキとする。
「今日は、とりあえずもう帰った方がいい。俺のせいで練習無理したのか? あれこれ要求し過ぎたか」
こんなに心配してくれるものなの――?
初めて、私に対してからかいでもなく意地悪でもない、優しく接してくれている。
あまりにいつもと違うから、こっちがどう接していいのか分からなくなる。
「で、でも、もう本番まで時間がないですし。本当に、大丈夫ですから――」
「バカ。ここで無理して本番までダメになったらどうする? それでもいいのか?」
「それだけは嫌です!」
想像しただけでそんなの耐えられない。ここまで、頑張って来た。二宮さんに、楽しいと思えるステージをしてもらいたいのだ。
「だったら、今日はやめておけ。また明日から頑張ればいい。大丈夫だ」
私を諭すような優しい目。二宮さんの大きな手のひらがそっと私の髪を撫でる。
「――今日は、送ってく」
え――。
「誰を、ですか……?」
二宮さんの発言が理解できない。
「桐谷以外に誰がいるんだよ。あんたをあんたの家まで送って行く」
「い、いや、そんなことしてもらう理由は―ー」
「うるさい。もう黙れ」
あれよあれよという間に、私はタクシーに乗せられていた。