君の音に近づきたい

「タクシーって、お金――」

私、財布にいくら入ってたっけ――?

慌てて鞄の中の財布を引っ張り出そうとする。

「金ならあるから、安心しろ。それより早く住所を言えよ」

その手を押さえられた。

「す、すみません。世田谷の――」

運転手さんに住所を告げながら、家に着いたらお母さんに払ってもらおうと考える。

車が滑り出し、校舎の前を通り過ぎて行く。

「今日は、本当に、いろいろとすみませんでした」

「いいよ。連弾のパートナーなんだから。面倒見るのもパートナーの仕事のうち」

二宮さんに頭を下げると、労わるような笑みが返って来た。

「どうだ? 気分はまだ悪い?」

「いえ。いつの間にか、かなり楽になってます……ああそうだ、林君も心配しているだろうから後でメールでもしておこう」

そうひとり言のように呟いたら、隣に座る二宮さんが私の腕を掴んだ。

「あいつ。本当にただのクラスメイト?」

「どういう意味ですか? 林君は、同じクラスで同じ専攻で同じ門下で。だから、仲良くしてくれてる友達ですけど……」

どうしてそんなことを聞いて来るのか分からない。

「……ほんっと、これだからおこちゃまは」

そう言って、私の腕を離した。
それからは、何故か二宮さんは窓の外を見たきり言葉を発しなかった。

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