君の音に近づきたい
「やだ。こちらこそ、お世話になってます! 春華と連弾してくれるんですよね? 今から、我が家みんなで楽しみで。絶対、文化祭見に行きますから。もうね、この子、小さい時からずっと『奏君、奏君』って応援していてね。あなたのピアノが大好きだったのよ――」
「余計なことは言わなくていい!」
放っておいたらいつまでもしゃべり続けていそうなお母さんを制止する。
「もう、照れちゃって……って、それで今日はどうしたの? も、もしかして――」
やばい。その表情は、おかしな妄想を言い出す合図――。
そう危機感を持った時には遅かった。
「二人はお付き合いしてるの? 二人で練習しているうちに恋が芽生えたりとか? やだっ。それ、ドキドキときゅんきゅんの王道パターンじゃない――」
「いい加減にして!」
その口を私の両手で押える。
「二宮さん、ごめんなさい。この人の言っていることは気にしないでください。こうやってすぐ発想が飛躍するの、お母さんの癖なんです」
アハハと言って誤魔化す。
「――今日は、春華さんが練習の前に体調を崩してしまって。心配だったので家まで送らせてもらいました。では、もう僕は失礼します」
二宮さんが大人の対応で頭を下げる。一体、どっちが大人なんだか。
「ちょ、ちょっと待って。タクシー代払わせてください! お母さん。変な想像はいいから、早くタクシー代持って来て!」
お母さんのせいで大事なことを忘れるところだった。