君の音に近づきたい
「春華、体調悪かったの? だったら早く言ってよ! 今すぐ財布を持ってくるから。ちょっと待ってて」
「いえ、結構です――」
「何言ってるの。そういうわけにはいかないよ。ここはちゃんと払わせてね。じゃあ、すぐ戻るから」
マシンガンのように喋ったと思ったらロケットのように家の中にすっ飛んで行った。
「……ホントに、ごめんなさい!」
お母さんが家の中に消えてから、すぐに二宮さんに頭を下げる。
「あの人、いつもあんな感じなんです」
「いいじゃん。楽しそうな人で。なんか、少し分かった気がする」
頭を上げると、微笑んでいる二宮さんがいた。
「何がですか?」
「桐谷がどうして桐谷なのか」
「なんですか、それ」
よく分からなくて思わず笑ってしまった。
「……じゃあ、今日は一日ゆっくり休めよ。夏の間中、練習相当頑張ったもんな。桐谷のピアノを聴いてれば分かる。初めてあんたのピアノ聴いた時と全然違うから」
こんな風にストレートに褒めてほらったのは初めてかもしれない。
「そ、それは、二宮さんの指導が上手いからです」
なんだろう。この、胸の奥が落ち着かない感じ。むずむずと私を追い立てる。
「まあな。それは確かにある」
「やっぱり二宮さんだ。おかしいと思ったんですよ。普通に褒めたりするから」
でも。こうして話しているのが、すごく、すごく、楽しい。
最初の頃はただ緊張しか感じられなかったのに。
二宮さんといると、ドキドキするのに心地いい。