君の音に近づきたい
「ほら、またズレてる。そこ、一番の聴かせどころなんだけど。そこで崩れるとか絶対にやめろ」
「はい!」
「そこ! そのリズム、そんなに淡々に弾くんじゃねーよ。もっとうねらせろ。童謡でも弾いてるつもりか!」
「すみません……っ」
「ヘタクソっ!」
「ごめんなさい!」
練習も追い込みで、もうさっきからずっと二宮さんから怒鳴られまくっている。
つい数日前は、褒めてくれたくせに――っ!
でも、二宮さんの足を引っ張っている私が悪いことは分かっている。
「……本当に、ごめんなさい。二宮さん、忙しいのに、ここ数日毎日練習に付き合ってくれて。それなのに――」
つい弱音を吐いてしまった私に、二宮さんが大きな溜息を吐いた。
「今更、テクニックがどうこう言うつもりはない。今の桐谷にできること。それは、自分の演奏に自信を持つこと。おっかなびっくり弾いてんじゃねーよ。ノリと勢い。そのためには、もっとドヤ顔で弾け」
隣に座る二宮さんを見る。きっと、今、私は酷い顔をしているんだろう。
「よし。こうなったら、もう形から入ろう」
そう言って、二宮さんがニヤリとした。
「本番で、深紅のドレスを着ろ」
「え……?」
「タンゴといったら赤だろ。それも、薄っぺらな赤じゃねーぞ。深紅だ。それで少しは大人になったと自分に錯覚させろ。周りの男を翻弄する魔性の女だ」
「そんなの私には無理だし、似合いません」
「なんだと? 先輩の言うことが聞けないのか」
友達だって言っていたのに、こういう時だけ――という口答えは胸の中に押し止める。
「あとは、野となれ山となれだ。運を天に任せよう」
そうして、二宮さんとの最後の練習を終えた。あとは、当日を待つだけだ。