君の音に近づきたい


興奮冷めやらぬまま舞台袖から廊下へと出ると、ホール出入口付近で待ち構えていたように香取さんと私の両親が立っていた。

「桐谷さん!! もう、もう、もう、ちょーっかっこよかったよ! あれ、何なのよ! リベルタンゴが来るなんて思いもしなかった。興奮して感動した」

香取さんがそう声を張り上げると、私に飛び掛かって来た。

「ありがとう」

あのクールな香取さんが、私に抱き付いている。こんなに興奮してくれていることが、何よりの感想なのだと思うと嬉しい。

「――春華、とても良かったよ。本当に惹き込まれた。あっという間で、もっと聴いていたいって思った」

「お父さん……」

お父さんの目が、ほんの少し赤くなっているのは気のせいか――?

「お母さんはともかく、お父さんまでじんと来ちゃった?」

お父さんの隣で相変わらず泣いているお母さんはいつもの光景だけれど、お父さんのそんな姿は見たことがない気がする。

「私ですらこんなに心揺さぶられてるんだもん、ご両親ならよけいに感動しますよねー」

いつの間にか知り合いになっていたのか、香取さんとお母さんとで「そうなの!」と頷き合っている。

その隙に、お父さんが二宮さんに声を掛けていた。

「――二宮君、ですよね。本当に素晴らしかった。とてもいいものを聴かせてもらいました。心を動かされるってこういうことを言うんだと、久しぶりに感動した。ありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます。そう思っていただけたのも、春華さんと演奏出来たからだと思います」

二人が話しているのを聞いて、何とも言えない気持ちになる。
どこか気恥ずかしくて。でも、やっぱり嬉しい。

「――では、僕はこれで失礼します。桐谷、じゃあ俺は行くよ」

「あ、あの……っ」

私の両親に頭を下げ立ち去ろうとする二宮さんを、咄嗟に引き留めていた。
何だろう。何を言えばいいのか分からないけれど、このままもう二宮さんとの時間が終わってしまうのかと思ったらこの口が勝手に声を上げていたのだ。

次の言葉を繋げられないでいると、二宮さんが何かを察したように私に微笑んだ。

「引き上げたい荷物もあるし、後で01教室に行くよ」

「分かりました」

そうして、二宮さんの背中を見送った。

「――春華、奏君かっこいいね?」

「え? ああ、そりゃあそうでしょ。あれだけ人気があるんだから」

泣いているくせにニヤリとして来るお母さんに、ついぶっきら棒に答える。

「そんな他人事みたいな顔してー。本当は、春華だって――」

「華。もう僕たちは退散しよう。若い人の邪魔をするもんじゃない。文化祭なんだ。この後、春華だっていろいろあるだろう」

「耕一さん、でも―ー」

「いいから。妄想は家に帰ってからしなさい。じゃあな、春華」

「う、うん」

まだ何か言いたげなお母さんの腕をお父さんが引く。

「……じゃあ、お母さんたちは帰るね。香取さんも、どうもありがとう。今度うちに是非遊びに来て」

「はい。ありがとうございます」

引きずられるように帰っていくお母さんを、苦笑しながら見届けた。
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