君の音に近づきたい
「レッスン、今何の曲やってんの?」
「今は、ハイドンのソナタです」
「ああ、古典か。桐谷が一番苦手そうだな。今度聴いてやるから、来週の火曜あたり来いーー」
なんて会話をしながら、01教室から二人で出て来た時だった。
「桐谷さん!」
「林君……」
悲壮感いっぱいの表情で私を見ていた。
「話があるんだ。とっても大事な話」
すぐそばに二宮さんがいる。なのに、林君のその視線はただ真っ直ぐに私だけに向けられていた。
「だから、今すぐ僕と一緒に来て。すみません、桐谷さんをお借りします」
一方的に告げると、林君が私の手を取った。
「林君、待ってーー」
その手のあまりの強さに、息を飲んだ。
こんな強引な林君、見たことない。
それだけ、林君にとって大事なことがあるのだと、それだけは分かった。
「二宮さん、今日はありがとうございました……!」
かろうじてそれだけを告げると、勢いのままに林君に連れ出された。