君の音に近づきたい
「林君、どこ行くの? ちゃんと話聞くから、この手を離して」
ただ無心にどこかに向かおうとしているみたいに見える背中に、必死に訴えた。
「君はーー」
突然腕を離し、林君がこちらに振り向く。
気づけば校舎裏の空き地にたどり着いていた。
何故だかその顔は泣きそうで、苦しそうだった。
「二宮さんとは付き合ってないって、僕に言ったよね? なのに、どうして?」
「どうしてって……」
「今日の二人の演奏を見た。二人で寄り添ってる姿も、二宮さんの君を見る目も!」
肩を激しく上下させ、叫んで。
そんな林君を見て、戸惑う。
「林君、何か勘違いしているのかもしれないけど、本当に二宮さんとは付き合ってるとかそういうんじゃないよ? そりゃあ、毎週練習で会っていたから前よりは親しくなっているかもしれないけど、本当にそれだけ。どうして、そんなことばかり言うの?」
本当にそれだけだ。
ただ事実を言っているだけなのに、どうして胸が痛いんだろう。
「好きだからだよ」
えーー。
「桐谷さんのことが、好きだからだ!」
時が止まったみたいに、ただ、その顔を見つめた。
「二人が一緒にいるところを見るたびに心かき乱されて。二人の連弾を見たら、君をあの人に取られたくなくて、もうこらえられなくなった」
何も気付けなかった。私自身が、恋を知らなかったから。誰かから向けられる好意も初めてのことで、察することも出来なかった。
「僕の彼女になって」
林君は、この高校に入学して初めて友達になってくれた人。いつも笑顔で励ましてくれた。優しくて、温かい人。
でもーー。
「ごめんなさい」
「桐谷さんは、僕が嫌い?」
「そんなわけない。林君は、とっても大事な友達だよ。でも、それは、林君の言う好きとは違う」
恋ーー。それをよく分かっていないのに。
この気持ちがそれでないことだけは、分かる。
「ごめんなさい」
大事な友達に、こんな風に謝ることしか出来ない。
「……ごめん。もう分かった。行っていいよ」
「林君……っ」
「僕を一人にしてほしい。勝手言ってごめん」
私を避けるように背を向けた。
「……ごめん!」
他の言葉なんて何も見つからなくて、私はそのまま逃げるように立ち去った。