君の音に近づきたい
7 やっぱり××なひと ♯
どれだけ走っただろう。
呼吸をするのが苦しくなって、膝に手をついて立ち止まる。
胸がヒリヒリして、胸のあたりのブラウスを掴んだ。
――君のことが好きなんだ。
私はなんてバカだったんだろう。
林君がいつも私に向けてくれた笑顔を思い出して、ぎゅっと目を瞑った。
人を好きになるっていう気持ちは……。
その時、無意識のうちに浮かんだ顔に、自分自身で驚く。それを打ち消したくて、おもむろに背を起こした。
起こした先に見たものが、胸に鋭く突き刺さる。
二宮さん――?
そこは、高校の校舎の先にある大学の敷地内。大学生専用のちょっとした広場だった。
そこに配置されていたベンチの一つに、座っていた。
大学の敷地内とあって、文化祭をしている高校の校舎とは違ってあまり人けはなかった。
二宮さんの隣にいる人――。
長い髪が、風で揺れる。二宮さんに向けるまなざしは、たおやかで大人なもので。
遠目でも分かる。とっても綺麗な人だった。細くてすらりとした腕や足が、妙に浮き立って。
その女性に顔を向けているから、二宮さんの表情は見えない。
でも、その二人の距離感から、近しい間柄だと分かる。
二宮さんが綺麗な女の人といる――ただそれだけ。
なのに、どうしてこんなに胸が痛いのかな。
どうして、締め付けるみたいに苦しくなるのかな。
そんなに見ているのが苦しいのなら立ち去ればいいと思うのに、この足が動かないのはどうして――。
その人の二宮さんに向ける眼差しが、嫌というほどに私に思い知らせる。
”おこちゃま”の私とは全然違う、大人の女性。
そんなの一目瞭然で当然なのに、その瞬間胸に過った感情に、自分自身で驚く。
二宮さんがあの女性のものであってほしくない――。
どうして、そんなことを……。
『君をあの人に取られたくなくて、もうこらえられなくなった』
ついさっき、林君が言った言葉が蘇る。
私は思わず頭を振る。
違う。違う。そんなの困る――!
とても怖くなって、目の前が真っ暗になる。
「……桐谷?」
その声にハッとする。
女性の方を向いていたはずの二宮さんが、私の方を見ていた。
バカな私は、そのまま逃げ出してしまった。
「お、おいっ!」
何も言わずに逃げ出して。振り返ることなんて出来るはずもなかった。