君の音に近づきたい

練習室に行くと約束した火曜日。

そこに向かうには、今までにない覚悟が必要だ。


春華。あんたは、二宮奏の後輩兼友人だよ。忘れないで。

そう言い聞かせ、深呼吸をする。

そして、その重い扉を押した。


「こんにちは――」

「おせーな」


すぐさま、いつもの憎まれ口が飛んで来た。


「ちょっと、授業が長引いて――」


やっぱり上手く目を見られない。俯きがちに小さくなって練習室に入る。
そして、鞄を肩から外しベンチに置こうとした。


「文化祭の日だけど――」

「わっ!」


思いもしないところから突然二宮さんの声がして、思わず悲鳴を上げる。
声だけじゃない。咄嗟に振り向いたら、その顔もすぐ間近にあった。


「あの後、あの林とかいう男とどこ行ってたんだよ。何してた」

「そ、それは――」


そんなこと言えるはずない。


「まさか。付き合おうとか、言われたりした?」

「え――?」

「図星かよ」

「ち、違いますよ……っ、きゃっ」


その身体が私を壁へと追い立てた。
二宮さんの両腕のせいで、身動きが出来ない。


「おこちゃまのクセして、カレシとか100万年早いんだよ」


”おこちゃま”
その言葉に、思っている以上に傷付いている自分がいる。

あの日見たあの女性。大人で美人で、私とは全然違う――。


「どうして、そういうこと言うんですか。もし、二宮さんの言う通りだとして。と、友達なら、応援してくれればいいじゃないですか。自分だって、キレイな人と楽しそうにしてたくせに――」


って、私は一体何を言っているんだ――。


「なんだよ、キレイな人って……あぁ」


二宮さんが何かを思い出したように溜息を吐く。


「で? 俺の言う通りなの? あいつと付き合うことになった?」
「だから、違うって言ってるじゃないですか」
「違うんだ。ふーん」


一体、何なのだ。
今まで追いつめていた身体を、あっという間に離し、さっさと私に背を向ける。


「カエデのことだけど」
「かえで……?」
「楓って言うの。あんたが見たっていう女。ここの音大に通ってる」


やっぱり、ここの音大生だったんだ……。
このあと二宮さんの口から聞かされる事実について、知りたくないと心の中では喚いているけど。結局、知らずにはいられない。

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