君の音に近づきたい

「俺の知り合い」

「知り合い……?」

「そう。俺の母親がやってるピアノ教室の生徒だった。家も近いから、小さい頃から知ってる。昨日はばったり会ったから、俺の連弾の感想を聞いてた。それを、桐谷が見かけたんだ」


じゃあ、恋人、ではないのかな……。
途端にホッとしている自分が情けない。


「何? あんたは、何だと思ったんだよ」

「いえ、別に、何も」


この心の忙しない動きを悟られないよう、いたって普通に答える。友達なら、ヤキモチなんか焼かないはずだ。


「――それより、ハイドン見てもらえますか? 明日のレッスンで弾かなくちゃいけなくて」


私と二宮さんの間にピアノさえあれば大丈夫。ピアノを弾くことだけに集中できる。


「じゃあ、一回弾いてみて」
「はい」


鍵盤の前へ向かい、心を落ち着けた。

ハイドン。古典派の作曲家でたくさんのピアノソナタを作った人だ。どの曲にも共通して、明るさがある。

第1楽章を弾き終えたところで、二宮さんが口を開いた。


「ハイドンの時代のピアノは、今のものとだいぶ違うから、タッチは軽めに。明るい音色で。基本的には、桐谷とは相性のいい作曲家のはずたから。後は、古典の弾き方のルールをきちんと守ればいいんじゃないか? 例えば、出だし」

私のすぐそばに立つ二宮さんが、身をかがめて鍵盤に手を置く。もう片方の手は、私が座る椅子の背もたれに置かれ、その横顔が至近距離にある。
その距離感に、胸が激しく騒ぐ。

この心臓の音、二宮さんに聞こえちゃう――!

思わず肩を強張らせてしまう。

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