君の音に近づきたい
「どうした……?」
そんな私に気付いたのか、その横顔が私に向けられた。
「なんでも、ないです!」
間近に迫った二宮さんの眼差しに戸惑って、思いっきり顔を背けてしまった。
今の、すごく、感じ悪かったよね。
「す、すみません。もう一度、弾いてみます」
「あ、ああ」
両手の指先に、懸命に意識を向ける。
それなのに、全然上手く回らない。ちゃんと弾きたいのに、心がから回って身体が言うことをきかない。
「桐谷」
二宮さんの手のひらが、鍵盤の上をもがくように動いていた私の手を掴んだ。
手のひらが重なった瞬間、ドクっと心臓が跳ねた。
「手に力入り過ぎてる。だから、音色が硬くて重くなるんだ。もっと楽にして。手首から柔らかく」
二宮さんは真剣に教えてくれているのに、私は、全然違うことにばかり意識して。
全然、上手くやれない。
「――俺が手首を支えてるから、できるだけ無駄な力を入れないで」
横を向いてしまえばすぐそこにあると分かる二宮さんの顔。
だから、頑なにただ鍵盤だけを見つめる。
「きらきらとした明るい音を頭の中で描いて」
触れられた先から身体中にドキドキが伝わって行く。でも、そのドキドキを音に伝えたい。
二宮さんが私に教えてくれること。それを全部、一つ残らず掬い取りたい。
「そう、いい感じ。ハイドンは交響曲をたくさん書いたから。例えピアノの曲でも、常にオーケストラのイメージを持って弾くんだ。そうすると、もっとハイドンらしくなる」
「はい……っ」
「この音は、チェロ。このフレーズはフルートかな」
「じゃあ、ここは、トランペットのファンファーレでしょうか」
「それ、いいな」
いつの間にか、身体から力が抜けていて。
二宮さんと笑い合っている。
近くにいると苦しくなる。でも、こうして笑い合えれば心が飛び出していきそうなほどに嬉しくなる。