君の音に近づきたい
一通り見てもらった後、なんとなく好きな作曲家の話になった。
「桐谷は、ショパンが好きなんだっけ」
隣に並んで置かれているグランドピアノの椅子に、私の方に身体を向けて腰掛けていた。
「はい。やっぱり、ピアノやってたらショパンは好きになっちゃいますよ。でも、私には、まだまだハードルが高いです」
ピアノの詩人と言われるだけあって、ショパンの曲はどれも美しい。
その美しさを本当に表すには、それなりの人生経験がなければ難しいのだと、先生が言っていた。
「桐谷の弾く黒鍵のエチュード、俺は結構好きだけど」
何の躊躇いもなくそんなことを言うものだから、私の方が照れてしまう。
「そ、そうですか? でも、私自身が大好きで弾いているからかもしれません。黒鍵みたいに明るい曲も好きなんですけど、本当は、もっと憂いのあるものもいつかちゃんと弾けるようになりたいって思うんです。切なさと憂いがショパンだと思うから」
最近特にそう思う。
私が、人を好きになることを知ったからだろうか。
以前と今とでは、ショパンの曲を聴いた時の感じ方が少し変わった。
「ショパンの曲の多くは、愛だの恋だのの感情を避けては通れないからな。俺は、苦手だよ」
そう言って二宮さんが苦笑する。
「そうですね。いつか、もっと大人になったら、ショパンの気持ちを心から理解してそれを音に載せることができるようになるのかな……」
ショパンも、打ち明けられない想いを抱えて苦しんだりしたのかな――。
そう思うと、どこか高い場所にあるかのような気がしていたたくさんの曲たちがとても近くなった気がした。