君の音に近づきたい

その日の実技レッスンの時間のことだった。


「――最近の桐谷さんのピアノ、すごく安定して来たわね。きちんとしたテクニックが身について来てる」

「ありがとうございます」


二宮さんに見てもらったおかげだ。
ハイドンのピアノソナタ。これまででは考えられないくらいの完成度で、持って来ることができた。


「それで、考えたんだけれど。あなたも、そろそろコンクールに挑戦してみたらどうかしら」

「……え?」


先生のその発言に驚く。
確かに、最近自分でも前とは違うピアノになったとは思っていた。
でも、それでやっと人並みになれたくらいの認識でいた。
入学当初は、先生からコンクールのコの字も出てきたことはない。


「コンクールを受けたからと言って、すぐに結果が出るとは限らない。そんなに甘いものじゃないから。でも、目指すことで、あなたにとってプラスになることはたくさんあると思うのよ? ちょっと、考えておいて」

「はい」


私が、コンクール――。
これまでずっと向き合わずに来たものだ。

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