君の音に近づきたい
コンクール。小さい時に受けて以来、避けて来た。
あんなに小さい自分でさえ、消えてしまいたくなるくらいに落ち込んだのに。
今の私に、耐えられるのか。
先生に言われてから、ずっと考えている。
先生の言葉、将来の夢を掛けて挑んでいる香取さんの姿、そして二宮さんの言葉。
「――あの子じゃない?」
「ホントだ!」
放課後、授業を終えて正門を出たところだった。
「ちょっと、待ってよ」
え? 私――?
考え事をしながら歩いていたからすぐには気付けなかった。
見ず知らずの女の子二人組が、私を引き留める。
「あなたですよね? 奏君と連弾していた人って」
鋭い眼差しを向けられている。
二宮さんの、ファンの人――?
「あなた、奏君とは一体どういう関係なの?」
「ただの同じ高校の先輩後輩です」
「そんなの、嘘! 連弾の時、あんなに身体近付けて、絶対わざとでしょ?」
そんなの、連弾をすれば誰でもそうなる。
そんなこと、分かり切っているはずなのに。
違う高校の制服を着た女の子たちが、私に詰め寄る。
「奏君のこと狙ってて連弾相手の座も手に入れたんでしょ! そんなことして、奏君のことどうにかできるとでも思ってるの? 奏君にはたくさんのファンの子たちがいるの。そんな勝手なこと許されないんだよ!」
この子たち、おかしいー―。
言い返したい。でも、二人の目はもうどこか常軌を逸していて。
恐ろしささえ感じる。
「今後一切、奏君に近付かないって、約束しなさいよ」
「どうして、そんなこと言われなくちゃいけないの――」
そんな約束したくない。
「何言ってんの、この子。そんなフツーな顔して、図々しいんだよ――」
振り上げられた手に、思わず腕で身体を守ろうとした。
「何してんの?」
屈めた身体の上から、冷たく鋭い声がする。
に、二宮さん――?
恐る恐る目を開き、腕を下ろす。
二人組のうちの、一人の女の子が振り上げた手を二宮さんが掴んでいた。
「そ、奏君! 違うの。この女が、おかしなこと言って――」
「じゃあ、この手は何だ」
そこにいたのは、ファンの前で見せる優しい二宮奏じゃなかった。
「一体、彼女に何を? 何をしようとしたんだ!」
切り裂くみたいな冷たい怒声に、彼女たちの顔は青ざめている。
「そ、奏君? 私たち、奏君のファンだよ? これまでずっと応援して来た。リサイタルでもサイン会でも、いつもあんなに優しくしてくれていたのに。大事なファンに、そんなことしていいの……?」
声を震わせながらも、縋るように二宮さんを見ていた。
そうだ。二宮さんはこれまで不本意だったとしても、仕事のために頑なにイメージを守って来ていたはずだ。
それなのに、こんなところでこんな態度をしていいはずない――。
「に、二宮さん。別に、何もされてませんから。私は、失礼します――」
二宮さんに迷惑をかけないためには、この場から私が離れるのが一番いいと思った。それなのに、二宮さんは私の言ったことなんてまるで無視して、彼女たちへの厳しい視線を解くことはなかった。
「本当のファンなら、こんなところに押しかけて来て、何の罪もない俺の大事な人に手をあげたりするのかな。そんなファンなんて、いらねーんだよ」
「そ、奏君……」
今の二宮さんは、彼女たちの知らない二宮さんだ。
「分かったら、さっさと去れ」
低く響く声に、何一つ言葉を挟ませない。
「言っておくけど。もしまた彼女の前に現れたら。あんたたちを『ストーカーだ』って警察に突き出すからな。そうされたくなかったら、もう二度と顔を見せるな」
唇を震わせて、二人の女の子たちは走り出した。
「おい、桐谷、大丈夫か? 顔、真っ青だ」
すぐに二宮さんが私に振り向く。そして強く腕を握りしめた
「私のことより、二宮さん――」
「ここじゃなんだ。ちょっと、来い」
そのまま腕を取られ、校舎裏の空地へと連れられて来た。
そこにある古びたベンチに座らされた。
「本当に何もされてないか? 突然、押し掛けらて、怖かっただろ」
「本当に、大丈夫ですから――」
あまりに悲壮感一杯の表情で私を見ているものだから、無理矢理にも笑おうとした。
「ごめん。こんな危険があること、全然考えてやれてなかった。もっと気を付けてやるべきだった……っ」
そう言って私を強く抱きしめた。