君の音に近づきたい
「に、二宮さん……! ちょっとびっくりしただけで、本当に何も」
その腕が痛いくらいに私を締め付けるから、その腕の中から必死に声を上げた。
「――俺、あんたが、手をあげられているのを見たら、居てもたってもいられなくなって。もしも、怪我なんてさせることがあったらって、本当に――」
「二宮さん……」
きつく回された腕が微かに震えているのに気付く。
「ごめんな。怖い思いさせて」
その声もどこか掠れている。
「二宮さんが悪いんじゃありません」
おそるおそる自分の腕を二宮さんの背中に回す。触れるのが怖くて、触れるか触れないかのところで手が止まる。好きな人にこんな風に抱きしめられているだけで、心臓が壊れてしまいそうなのに。自分から触れたりなんかしたら、どうなってしまうのか。
でも、好きな人だから触れたいと思ってしまう。そっとそっと手のひらを広い背中に当てたら、胸がいっぱいになって思わずぎゅっとシャツを握りしめてしまった。
「……それより、どうするんですか? ”笑顔の貴公子”が嘘だったって、バレちゃったじゃないですか。二重人格になってまで守って来てたのに」
「俺の身体が勝手に大事なのは何かを判断したんだろ。俺の知ったことじゃねーよ」
「なんですか、それ」
思わずくすっとしてしまいそうになるのに。
でも、胸の奥がじんじんとして上手く笑えない。
好きだ。好きでたまらない。
隠して蓋をしているのに、溢れて零れ落ちて来そうになる。
「いいから……自分の心配をしろ」
そう言って、ゆっくり腕を緩める。
身体が離れて行くと、二宮さんの顔が現れて。少し歪んだ笑みを見せた。
「あんな目に遭ったのに、俺の心配してる場合じゃないだろ。ホント、バカ」
「どうせ私は、バカです」
好きです。好きです。
口に出来ない言葉を、胸の中で何度も繰り返した。
「桐谷……」
二宮さんの五本の指が私の髪を撫でるように滑り、そのうちの人差し指が頬に触れた。
「――っ!」
その感触が恐ろしいくらいに心臓を刺激して、飛び跳ねんばかりに肩をびくつかせてしまった。
「わ、悪い」
それを知ったのか、二宮さんが咄嗟に私から離れた。
「い、いえ」
息苦しいほどの空気が流れる。
何か言わないと――そう思っていると、二宮さんが立ち上がった。
「これからも、ああいう輩が来るかもしれない。少し、注意しろ。ファンの一部にストーカーまがいのことをする人間がいる。そういう奴は思考がおかしくなってるから。何かあったらすぐに俺に言え。いいな?」
「はい」
私に背を向けて立つ二宮さんを見つめる。
「――じゃあ、帰るか」
そう言って振り向いた二宮さんは、もういつもの表情をしていた。
また一つ、私の胸に切なさが積もる。