君の音に近づきたい
8 大切なひと
あの文化祭の日から、林君と話をする時、どうしてもぎこちなくなってしまう。
でも、そこは優しい林君だ。なるべく普通に接しようとしてくれているのが分かる。そんな林君に私は救われていた。
文化祭が終わっても、なんとなく01教室に向かってしまう。
それがもう習慣になっていた。
そして。あの、ファンの子に詰め寄られた日から、二宮さんが私のところに来る頻度が増えている。
多分、心配してくれているのだと思う。
なんだかんだで、面倒見のいい人なのだ。
「――俺さ」
この日も、二宮さんが01教室にやって来ていた。
いつものように、練習を始めるためにピアノの蓋を開け準備をしていると、二宮さんが思い詰めたような声を出した。
「コンクール受けようかと思ってる」
「え……? 本当ですか? レコード会社の人の許可は取れたんですか?」
以前二宮さんが言っていた。周りの人がそれを許さないのだと。
「いや、まだ。これから、話そうかと思ってる」
その表情は険しい。その説得が困難なものだと分かる。
「レコード会社の人も、それに俺の母親も。どっちも難敵だけどな」
そう言って笑った顔は、やはり完全なものではなかった。
「お母さん……?」
「ああ。俺の母親、街のフツーのピアノ教師で。演奏家の道挫折して、ピアノ子供に教えてる。だから、俺に自分の夢を託してるところがあって。こんな風にCD出したりテレビに出たりリサイタルしている息子が誇らしいんだよ。だから、余計なことして俺の経歴に傷付けるなって、そういう主義。レコード会社と母親と、俺の前に立ちはだかってる」
「それでも、受けたいんですね?」
じっとその目をうかがう。
「ああ。やっぱり、ちゃんとピアノに向き合いたい。諦めていたけど、その気持ちが大きくなった」
「それなら、絶対受けた方がいいですよ! 絶対」
つい声に力が入る。
「……うん」
「説得、頑張ってください! 心から思いを伝えれば、絶対に分かってくれますよ」
「そうだな」
やっと二宮さんが笑った。
絶対にそうした方がいい。
二宮さんのピアノは、アイドルのついでに弾くようなものじゃない。
それを世間の人に知ってもらうべきだ。