君の音に近づきたい
スリット窓にそっと顔を近付ける。
やっぱり――。
縦長のスリット窓からのぞいた先に、グランドピアノの鍵盤に向かう二宮さんの横顔があった。
防音仕様だから、鮮明に聴こえるわけではない。でも、他のどの練習室から聞こえる音とも全然違う。音色が、響きが、その浮き上がり方が全然違う。
どうしたら、そんな音を出せるようになるの? もっとはっきりと聞きたい。もっと鮮明に――。
そう思ったら、我を忘れてそのガラス窓に耳をぴったりとくっつけていた。
今ではCDでしか聞けない音が、この扉の向こうに満ちている。
今、まさにこの瞬間、二宮さんが奏でている音がそこにあるのだと思ったら、自分を止めることが出来なかった。
流れるメロディーが胸に迫る。
美しすぎる!
目を閉じて、ただその音の中に意識を埋める。
この曲は確か……バッハーー。
――ガチャ、ガチャガチャ。
聞き入っていた音がプツリと消えた。
そして、重たい鉄の扉が、そのまま私の身体を押し出す。
「オイ」
「ひゃっ!」
突然開いたドアから、身体が出て来た。
二宮さんが、出て来た!
「ガラスに顔ぴったりくっつけてさ。キモチ悪くて集中できないんだけど」
「す、すみませんっ。つ、つい」
物凄く怒っている。
いつの間にか廊下に座り込んでドアにへばりついていた私に、低い声と鋭い視線が降り注いでいる。
「……あんた、入学式の日の?」
眉をしかめて私を睨みつけた。
「あ、は、はい。大変、失礼しました。演奏に圧倒されて、出来るだけ近くで聴きたいってそう思ったら」
「ああ、あんたも俺のファンなんだっけ?」
私を見下ろしていたはずの二宮さんの顔が、私の視線の位置に来ている。
ち、近い。近いです!
ただ口だけをパクパクとさせて、後ろへと後ずさる。