君の音に近づきたい
「どうし、て……」
久しぶりに会うのに、そんな言葉しか出てこない。言いたいことなんて、山ほどあるのに。
「桐谷に会いに来た」
会いに来たって……。
そこにいる。
確かに、二宮さんが私の目の前にいる。
最後に見た日より、ずっと大人っぽく、そして王子様じゃない二宮さんが――。
「俺は、ショパンと同じにはなりたくないからな」
二宮さんが私の元へと歩いて来る。
「な、何言ってるんですか――」
「必ず、コンクールで優勝して見せる。だから、一番近くで見ていてほしい」
もう涙で滲んで何も見えない。
「桐谷。好きだよ」
なんてことないみたいな声で言う。
だけど、恋しくてたまらなかったその手が、私の頬に触れるから。涙はさらに溢れ出すのだ。
「好きだ」
もう、本当に信じられない。
「何も言わずに、こんなに放っておいたくせに。今頃、突然現れて、勝手なこと――」
「何も言わずに? ちゃんと俺の想いは伝えておいただろ? 俺が桐谷のためだけにショパンを弾いたと言ったんだ。ちゃんと答えを考えなかったのか?」
「そんな曖昧なことだけで、私を縛り付けておくなんて」
私を優しく抱き寄せる。
その胸に、意味をなさない抗議をした。
「――ちゃんと、結果を出して桐谷に会いに来たかった。いろんな人間の反対を押し切って留学したからには、ピアノにすべてを賭けないといけないと思っていた。せめて、コンクールの出場権を獲得してから。それだけのことを果たしてから、桐谷に会いに来たかった」
優しかった手のひらに力が込められて。ぎゅっと抱きしめられる。
――ごめん。
囁くように吐かれた言葉に、結局私は、すべてを許してしまうのだ。
だって、二宮さんのことが好きでたまらないのだから。
「――でも、俺のこと、好きだろ?」
こうなったら、自棄だ。
「そうですよ。どれだけ待たされても、会えないかもしれなくても、ずっと好きでしたよ!」
その胸に頬を押し付ける。
「桐谷――」
「だから。これからは、私のそばにいてください。離れていても、何があってもずっと」
「願うところだ――」
温かい胸が、私から離れて、それと同時にふわっと唇が重なった。
私は、この先も、この人に恋をし続ける。
あの日、その音で私の心を奪った日から。
【完】