君の音に近づきたい
「二宮さんですよね! どうなさったんですか?」
同じピアノ専攻のクラスメイトの黄色い声が、私の耳に届く。
二宮さん――?
驚いてもう一度扉の方に振り向いた。
人だかりに頭一つ出ている。
その周りには女子生徒が集まっていた。突然現れたアイドルを取り囲む集団の図だ。
なんで、こんなところに3年生の二宮さんが――?
ただただ疑問しかなかったところに、もっと理解不能な声が聞こえて来た。
「桐谷春華さん、呼んでもらえる?」
「桐谷さんですか?」
集まっていた女子生徒の視線が一斉に私に向けられる。
な、なんで……?!
「いつの間にお友だちに?」
香取さんが、面白そうに、かつ他人事のようにニヤリと私を見る。
「お友だちなわけない!」
私が即座に反論していると、二宮さんの周りにいた女子の一人が私のところへと向かって来た。
「桐谷さん、二宮さんが呼んでるよ」
他のクラスメイト視線まで少し痛く感じるのは気のせいかな。
私は、あの人とはまったく何の関係もありませんけど――。
そう言って回りたくなる衝動を抑えおそるおそる扉のところまで来た。
「な、なにか……」
一体、なんなんだ。
突然こんなところに来て呼び出すなんて、怖いでしょ。
私が廊下に出て来た途端に一歩引くように距離をあけ、クラスメイトがことの行方をじっと見ている。
「今日の俺の公開レッスン、ちゃんと見に来た?」
私を見下ろすように立つに二宮さんが、いきなりそんなことを聞いて来た。
「は、はい。行きましたけど……」
怪訝に思いながら二宮さんの表情を盗み見る。何故か満足そうに口角を上げる表情があった。
「そうだな……。じゃあ、君。君も見に来た?」
私に質問しておいて、すぐ近くにいた他の女子生徒に声を掛けている。
「はいっ! もちろん行かせていただきました」
その女子は、突然二宮奏に声を掛けられ、目をハートマークにして答えていた。
それも無理はない。この人、見た目は笑顔の貴公子ですから。
「俺の演奏、どう思った?」
「え? それはもちろん、最高でした。右手の、そっと語り掛けるように始まるメロディが本当に美しくて。夢見心地になりました」
興奮気味にその子が言葉を発する。
――そう。左手の伴奏に載せるように、甘く囁くようなメロディが特徴の曲。甘いだけじゃない。そこはまさにショパン。そこはかとなく漂う切なさが、胸をきゅんとさせる。
「音の響きも、何もかもが完璧でした!」
二宮さんはその答えには特にコメントをせずに、私へと視線を戻した。
一体、何をしたいのか全然分からない。
「で、あんたは?」
どうして私だけ”あんた”なんだ――?
まあ、それはいいとして。
「それは……」
つい口籠る。
別に、こんなに人が大勢いる場所で感じたことを馬鹿正直に答える必要もない。一度はそう思った。でも、すぐに思い直してしまう。
ずっと二宮さんの演奏を見つめて来たという自負がある。だから、正直に向き合いたい――。
そんな感情に支配される。