君の音に近づきたい
行くべき? 行くべきなの――?
自分の席でじっと座り、頭の中で二人の自分が押し問答をしていると、廊下に集まっていた女子たちが押し寄せて来た。
「桐谷さん、二宮さんと知り合い? どこで知り合ったの?」
「どうして、二宮さんが桐谷さんに耳打ちなんかするの?」
クラスの中で私の存在感なんてまるでない。
そりゃそうだ。音楽学校なんて特殊な場所で、レベルの高い人たちの中に完全に埋もれているんだから。
なのに、こんな、音楽とはまるで関係ないことで取り囲まれている。
「入学したばっかりなのに、なんであんなに親し気なの?」
「別に、親しくないよ」
私は、それどころじゃないんだ――!
やんややんやと問い詰めて来る女子に囲まれている中で、必死に考える。
――教えてやるよ。
教えてやるってことは、きっとピアノだよね?
確かにあの人は、裏表はあるし言葉はきついし、全然爽やかなんかじゃないし優しくもない。人間性は問題ありの人。
でも、そのピアノの実力は間違いなく本物。
あの人の奏でる音に魅せられて、何年も追い求めて来たのだ。
こんなチャンス、その人間性なんかで棒に振るなんて馬鹿げてる。
迷うのすらおかしい――!
「親しくないなら、何なの?」
まだ女子の尋問は終わらない。
もう、うるさい――と口にしてしまいそうになったところで、担任の先生が教室に入って来た。
「ほら、これからホームルーム始めるぞ。みんな、席に着け」
助かった……。
不満そうな顔をしつつ、女子たちが自分の席へと戻って行く。
ほっと息をつくと、香取さんが私の方へと振り返った。
「――もしかして、本当は、友達どころかもう付き合ってたりして?」
「香取さんまで! あんな有名な人とそんなことになるはずないでしょっ」
先生の目を盗みながら、猛反論する。