君の音に近づきたい


放課後が刻々と近付いて来る。

焦がれてやまなかった二宮さんの音楽を、間近で感じられるんだ――。

そう思えば、緊張と高揚を抑えられない。

さっきからクラスメイトがちらちらと私を見ている。
私を見て、ひそひそと何かを言っている。
でも、そんなこともうどうだっていい。

とにかくあの人のピアノをすぐ傍で聴きたい――。


ホームルームを終えると、誰からも声を掛けられる隙を与えないように、素早く教室から出た。そして一目散で地下の練習室03を目指す。

本当に来ているのか。
ただ、からかっただけかもしれない――。

いろんなことが頭を駆け巡るけれど、それならそれでも構わない。
もう今更がっかりしたりもしない。

廊下に沿って並ぶ練習室の一室、03教室。
その扉の前に立ち、一度深呼吸をした。

やっぱり緊張する。
胸に手を当てると、ドクンドクンと激しい鼓動を感じた。
でも、緊張感より知りたいという気持ちの方が大きくなる。

トントン――。

ノックをして、重い扉を開けた。

「あ、来た」

二台並んだグランドピアノ。手前のピアノにもたれて立っている二宮さんの姿がすぐに現れた。

「だって、教えてくれるって。こんな機会、逃せるわけないです」

それでも、二宮さんを前にすれば表情も身体も強張る。

よく考えてみれば、二台のグランドピアノとほんの少しのスぺ―スがあるだけの広くはない防音室に二人きり。一気に空気が濃くなった気がして、呼吸が苦しく感じる。

あの、二宮さんと同じ部屋にいるんだ――。

改めてそう実感すると、とんでもないことが自分の身に起きているんじゃないかと余計に緊張が増す。だから、それ以上実感するのをやめた。
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