君の音に近づきたい


「そんなとこつっ立ってないで、座れば?」

「は、はい。じゃあ、失礼します」

座ればと言われてもどこに座ればよいのか一瞬迷う。
ピアノの椅子に座ろうかとも思ったけれど、それもいきなりな気がして部屋の脇に置かれているベンチの端に腰掛けた。

「――さっきの質問だけど」

ピアノにもたれていたはずの二宮さんが、私のすぐ隣に座り出した。

「今日の公開レッスンの俺の演奏、なんで『上手いだけだ』って言ったの?」

二宮さんが、顔を覗き込むようにその身体を近づけて来る。

ちょ、ちょっと、近いです――。

ただでさえ緊張しているのに、この人は一体なんなんだ。

「すみません。私なんかが失礼なこと。でも、本当にそう思ったので」

「どうしてそう思った?」

どうやら、本当にどうしてそう思ったのか知りたいみたいだ。
その茶褐色の、嫌になるほど綺麗な目がただただ真っ直ぐに私を見る。
おどおどとしている私とは正反対だ。
その眼差しの真剣さに圧されて、私はスカートの上の手のひらをぎゅっと握りしめた。

「それは、私の中にある二宮さんの音とは違っていたからです。入学式で聴いた演奏とも、練習室の前で盗み聴いた時とも、全然違いました。ましてや、私が小学生の時に心奪われた二宮奏の音とはまるで違ったんです。テクニック的にはいつもと同じ、完璧です。でも、なんと言うか、ただ弾いている。何も自分では考えていない。感じていない音のように思えました。違ってたら、すみません」

やっぱり、こんなことよく知りもしないのに言うのは失礼だったかな。
言ってしまってから、少し怖くなる。

もし、二宮さんがちゃんと弾いていたとしたらどうする気だ――?

「――よく気付いたな。あんたの言う通りだよ。何も考えずに弾いた」

「えっ……」

それって、わざとってこと――?

「あんたを試したんだ」

「試す?」

そう、と二宮さんが頷く。
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