君の音に近づきたい


講堂は、音楽ホールとしても使われている立派なものだった。
音響効果を最大限に生かす設計で、建物自体が芸術的。
天井は高く、壁も木の板が緻密に並べられている。

ホールの指定された席へと向かう途中、既に保護者席に着席していたお父さんとお母さんが私に手を振って来た。

なんで、お母さん泣いてるんだろ。

お父さんから手渡されたハンカチで、盛大に涙を拭いている。

卒業式じゃないって――。

そう思って、苦笑いする。
のんびり伸び伸び過ごしていた私が、この三年間は人が変わったみたいに猛練習していた姿を一番近くで見ていたのは、両親だ。私の希望が叶ったことに、私と同じくらい喜んでくれているのかもしれない。

校長先生のお話、担任教師の発表、それぞれの専攻の教員の紹介……。
それらがつつがなく進んで行く。

「それでは、新入生歓迎演奏を――」

司会進行をしていた先生が次のプログラムを読み上げた。

「三年のピアノ専攻、二宮奏(にのみやそう)君が行います」

え! 本当に――?

思わず声を上げそうになってしまった。
腰まで浮いてしまった始末で。
隣に座っていた子に怪しげに見られてしまって、慌てて腰を下ろす。

まさか、こんなに早く二宮さんの演奏を間近で聴けるなんて。その音を生で聴けるなんて――!

興奮を抑えられるはずもない。

だって。だって――。

私が血のにじむような努力をしてきたのは、彼と同じ場所で音楽をするためだ。

私が子供の頃から憧れ続けた人、二宮奏。その人がほんの数メートル先にいる。
制服を着ている姿を初めて見た。

チャコールグレーのジャケットに、光沢のあるワインレッドのネクタイ姿。
すらりと姿勢の良い立ち姿で舞台中央に向かって歩いている。

テレビや雑誌で見るよりもずっと、しっかりした身体つきをしていた。
雑誌やテレビにある姿はどれもあどけない笑顔だったから、もっと幼い印象を持っていた。最近はそのメディアでも、あまり姿を見ていなかったのもあるかもしれない。

瞬きするのも忘れて見入る。

なんだか、大人の男の人って感じ。
もう可愛らしい少年なんかじゃない。
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