君の音に近づきたい
「な、なんでしょうか――」
びくつきながら顔を上げるも、すぐさま厳しい言葉が繰り出された。
「分かっただろ? あんたがいかに適当に弾いていたのか。一体どんな練習してんだよ」
「こ、これでもちゃんとメトロノームに合わせての練習もしたんですが――」
「どれくらい?」
ぼそぼそと答える私に、間髪入れずに問い返される。
「譜読みが終わった段階で、何度も何度も……」
「譜読みが終わった段階? その後は?」
「弾けるようになってからは、えっと、両手でなら何度も繰り返し弾いたんですが、メトロノームは――」
「……まさか、使ってないのか?」
一段と低くなった声が、私を怯えさせる。
「あの、えっと――」
「バカか!」
「ごめんなさい!」
「何が、『弾けるようになってからは』だ。そもそも、弾けてねーんだよっ!」
ひー―っ!
手首が振り払われる。
この人、やっぱり、絶対に笑顔の貴公子なんかじゃありません――!
「は、いっ。すみません!」
「もう一度、最初から!」
「はい!」
その後は、地獄のように何度も何度も右手だけで、二宮さんの作るテンポに合わせて弾き続けた。
「……もういいだろ」
一体、何分間同じことをさせられただろうか。
ようやく吐かれた二宮さんの言葉に、思わずふうっと息を吐いた。
「じゃあ、両手で、自分の思うように弾いてみろ」
「……いいんですか?」
いつの間にか、二宮さんは壁にもたれかかり腕を組んでいた。
「いいよ」
鬼コーチが、ほんの少し表情を緩めた気がする。
振り向いた顔を鍵盤に戻し、呼吸を整え、弾き始めた。
あ――。
なんだろう。右手も、それに左手までも、これまでより自由に動く感覚に驚く。
わずかな変化ではあるのかもしれないけれど、無理のない動きで弾くことができる。左手の音色に気を使う余裕が生まれている。
「――どうだ?」
弾き終えると、二宮さんがそう私に聞いた。